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2015年8月28日 (金)

戦争には行きたくない!

 今さら言うまでもないことですが,戦争というのは,対戦国の領土を破壊したり対戦国の人を殺したりすることです。平和な社会生活にあっては,人が一人殺されただけで連日テレビで大騒ぎなのに,そんな殺人や破壊活動が合法的に普通にできてしまうのって,やはりどう考えてもおかしいでしょう。

 殺人・傷害・器物破損のような刑事上の問題だけでなく,民事上の問題にしても,戦争が起こるとすべてが吹っ飛んでしまいます。戦争で死んでも生命保険は支払われないし,殺したり破壊したりした側が民事上の損害賠償責任を追うこともありません。被害者に対して自国の政府が補償することも基本的にありません。かの原爆被害者に対しては国家補償があるらしいですが,これは例外中の例外であり,通常の戦争被害者(当時はほぼすべての国民が何らかの戦争被害を被っていたはず)に対しては,ほとんど何も補償されていません。

 このように,戦争というのは法治国家の根本を否定する行為であり,憲法9条がどうのこうのという以前に,通常の法治国家の国内法と矛盾する行為と言えます。今世界には戦争をしている国や戦争が可能な国が多数ありますが,こういった国では,国内法と戦争行為との整合性がいったいどうなっているのか,ちょっと気になります。

 ていうか,かつての戦時中の日本でさえ,殺人も傷害も窃盗も銃刀所持も法律で禁止されていたはず。なのに,なんで戦争という行為が可能だったのか,不思議な気がします。はっきりした戦闘行為ならともかく,戦地で誤射して仲間を射殺してしまったとか,爆撃によって自国民に被害が及んだとか,法的に微妙なケースがいくらでもあります。戦争が可能な国は,このあたりの刑事上・民事上の責任問題をどのようにしてクリアしているのか知りたいものです。

 いずれにしても,戦争というのは法治国家としては絶対に許されない行為であり,戦争が起こることを避けるのは,政治家がやるべき最重要課題でしょう。何しろ,戦争を始める判断は政治家にしかできません。一般国民がいくら叫んでもデモをやっても戦争は始まりません。その意味で,政治家こそがしっかりして欲しいものです。「戦争に行きたくないんだろう」みたいな薄っぺらな発言をする政治家は,戦争という行為によって生じる問題がそんな単純なものじゃないという本質をわかっていないなと感じ,非常に心配です。

 ・・・なんてことは僕が言うまでもなく,世界中のほとんどの政治家は戦争なんてやるべきでないということは認識しているはず。なのに,なんで戦争は起こってしまうのでしょう。

 やはり,これは人間のプライド維持と闘争本能によるものでしょう。酔っぱらいの喧嘩や学校での子供の喧嘩や兄弟喧嘩や夫婦喧嘩(我が家はありませんが)のような個人どうしの喧嘩はしょっちゅうあるし,世の中には離婚調停も頻繁にあるし,職場での言い争いや政党の内紛なども日常茶飯事です。端から見たらばかばかしいと思える喧嘩も当事者にとっては真剣で,やりたくなくても必然的にそうなってしまうというケースが多々あることでしょう。

 これが国家レベルになったら戦争になってしまうわけで,現に世界中のあちこちで戦争は起こっています。先日,韓国と北朝鮮の間に不穏な空気が流れていましたが,この両国はもともと戦争中であり,今は単に休戦中になっているだけです。

 このように,戦争は普通に起こりうるわけで,70年間も戦争を経験していない日本のような国は珍しいのではないでしょうか。したがって,全世界的な歴史の流れで見れば,70年間も戦争をしていない日本はいつ戦争を始めてもおかしくない国であると言えます。なぜこの日本が70年間も戦争のない平和な国であり続けられたのかを良く考え,平和のありがたみを噛みしめておきたいものです。

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