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2015年8月30日 (日)

どっちもどっち

 東京五輪公式エンブレムのデザイン問題について。問題となっているベルギーの劇場のロゴ(左)と並べてみると,下の写真のとおりです。(日経新聞webより転載)

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 たしかに,似ていると言えば似ているけど,色合いは全然違うし,左上の部分と右下の部分の中心部分とのくっつき具合も違うし,似ていないとも言えます。シンプルなロゴなので,この程度の偶然の一致はありそうな気がします。ベルギーの劇場はそれほど目くじら立てるほどのことでもないというのが僕の感想です。

 ところが,原案選定後に組織委が商標登録の調査をしたら類似する商標が海外で見つかったため,デザインを修正するようデザイナーに依頼し,修正を重ねた上で現在のエンブレムに至ったということが説明されていました。下の写真の左から「原案」「修正案」「最終案」とのこと。(日経新聞webより転載)

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 僕がおかしいなと感じたのは,原案選定後に組織委が調査して変えさせたという点。似ている物があったのならその時点でそのデザインは却下して別の物を採用すればいいだけなのでは? なんとなく選考過程が不透明で怪しげな臭いがぷんぷんします。

 それに,わざわざこんな説明しなくても,元々デザイナーの佐野氏が盗作したことを疑われていたわけではないし,提訴しているベルギー劇場も盗作云々でなく似ていることを問題視しているわけで,盗作でないことをくどくどと説明している組織委やデザイナーの佐野氏は,何となく外しているなと感じました。この理屈に従えば,仮にデザインが完全に一致していても盗作でなく偶然の一致であれば問題ないということになり,それは違うだろうって思います。

 たとえ盗作でなくても結果的に似ていたら取り下げるのがマナーだし,似ていないのであれば似ていないということを,自信を持ってきちんと説明をすればいいだけだと思いますよ。

 ただ,もし取り下げて別のデザインに変更したとしても,世界的に注目を浴びてしまったため,このようなシンプルなデザインだと,結局また世界中のどかかの何かのロゴと似ているという指摘は避けられないような気がします。

 そもそも,五輪のエンブレムっていったい何のために必要なんでしょう。ロゴ使用料などの色んな利権が絡んでいるんでしょうか。この際なので,各大会固有のエンブレムなんてやめて,五輪マークだけにしてしまえばすっきりするのにと思います。

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2015年8月28日 (金)

戦争には行きたくない!

 今さら言うまでもないことですが,戦争というのは,対戦国の領土を破壊したり対戦国の人を殺したりすることです。平和な社会生活にあっては,人が一人殺されただけで連日テレビで大騒ぎなのに,そんな殺人や破壊活動が合法的に普通にできてしまうのって,やはりどう考えてもおかしいでしょう。

 殺人・傷害・器物破損のような刑事上の問題だけでなく,民事上の問題にしても,戦争が起こるとすべてが吹っ飛んでしまいます。戦争で死んでも生命保険は支払われないし,殺したり破壊したりした側が民事上の損害賠償責任を追うこともありません。被害者に対して自国の政府が補償することも基本的にありません。かの原爆被害者に対しては国家補償があるらしいですが,これは例外中の例外であり,通常の戦争被害者(当時はほぼすべての国民が何らかの戦争被害を被っていたはず)に対しては,ほとんど何も補償されていません。

 このように,戦争というのは法治国家の根本を否定する行為であり,憲法9条がどうのこうのという以前に,通常の法治国家の国内法と矛盾する行為と言えます。今世界には戦争をしている国や戦争が可能な国が多数ありますが,こういった国では,国内法と戦争行為との整合性がいったいどうなっているのか,ちょっと気になります。

 ていうか,かつての戦時中の日本でさえ,殺人も傷害も窃盗も銃刀所持も法律で禁止されていたはず。なのに,なんで戦争という行為が可能だったのか,不思議な気がします。はっきりした戦闘行為ならともかく,戦地で誤射して仲間を射殺してしまったとか,爆撃によって自国民に被害が及んだとか,法的に微妙なケースがいくらでもあります。戦争が可能な国は,このあたりの刑事上・民事上の責任問題をどのようにしてクリアしているのか知りたいものです。

 いずれにしても,戦争というのは法治国家としては絶対に許されない行為であり,戦争が起こることを避けるのは,政治家がやるべき最重要課題でしょう。何しろ,戦争を始める判断は政治家にしかできません。一般国民がいくら叫んでもデモをやっても戦争は始まりません。その意味で,政治家こそがしっかりして欲しいものです。「戦争に行きたくないんだろう」みたいな薄っぺらな発言をする政治家は,戦争という行為によって生じる問題がそんな単純なものじゃないという本質をわかっていないなと感じ,非常に心配です。

 ・・・なんてことは僕が言うまでもなく,世界中のほとんどの政治家は戦争なんてやるべきでないということは認識しているはず。なのに,なんで戦争は起こってしまうのでしょう。

 やはり,これは人間のプライド維持と闘争本能によるものでしょう。酔っぱらいの喧嘩や学校での子供の喧嘩や兄弟喧嘩や夫婦喧嘩(我が家はありませんが)のような個人どうしの喧嘩はしょっちゅうあるし,世の中には離婚調停も頻繁にあるし,職場での言い争いや政党の内紛なども日常茶飯事です。端から見たらばかばかしいと思える喧嘩も当事者にとっては真剣で,やりたくなくても必然的にそうなってしまうというケースが多々あることでしょう。

 これが国家レベルになったら戦争になってしまうわけで,現に世界中のあちこちで戦争は起こっています。先日,韓国と北朝鮮の間に不穏な空気が流れていましたが,この両国はもともと戦争中であり,今は単に休戦中になっているだけです。

 このように,戦争は普通に起こりうるわけで,70年間も戦争を経験していない日本のような国は珍しいのではないでしょうか。したがって,全世界的な歴史の流れで見れば,70年間も戦争をしていない日本はいつ戦争を始めてもおかしくない国であると言えます。なぜこの日本が70年間も戦争のない平和な国であり続けられたのかを良く考え,平和のありがたみを噛みしめておきたいものです。

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2015年8月16日 (日)

ジュラシック・ワールド

 公開中の映画「ジュラシック・ワールド」(監督:コリン・トレヴォロウ,出演:クリス・プラット,ブライス・ダラス・ハワード ほか)を見てきました。子供の時に初代ゴジラシリーズで育った世代としては,巨大生物ものの映画というのは妙に懐かしく,外せません。

 現代に蘇った恐竜に対して最新のバイオ技術でDNA操作し,より凶暴な恐竜を人工的に生み出し,巨大テーマパークとして日々多数の来場者が訪れるという設定。もし本当にこんなテーマパークがあったら(本物の恐竜でなくロボットでもいい),ぜひ行きたいものです。

 動物愛や家族愛など,アメリカ人好みのストーリー設定が全開で,アメリカ臭がぷんぷんの映画ですが,適度にハラハラドキドキさせてくれて,それなりに楽しめる映画ではありました。また,主演級の人はどんなピンチになっても絶対に死なずに生還するというアメリカ映画「お決まり」の結末がわかっているので,安心して(?)見ることができます。

 巨大生物が出てくる映画というのは特撮映画の醍醐味ですが,どんなシーンでも今やCGで実現可能となってしまう点がかえって物足りなく,一作目の「ジュラシック・パーク」ほどの驚きは感じられませんでした。それにしても,かつての着ぐるみのゴジラが町を破壊する昭和の映画が懐かしいです。

 さて,この映画は3D版と2D版が上映されていますが,せっかく映画館で見るんだから3D版を見たいところです。ところが,字幕の3D版を上映している映画館が非常に少ないんです。今は京都へ帰省中なんですが,京都のTOHOシネマズでは3D版は日本語吹き替え版のみ。このため,わざわざ大阪(梅田)まで見に行って来ました。調べてみたところ,TOHOシネマズの場合,全国に60館以上の映画館がありますが,この映画を字幕3Dで上映しているのは東京の6館と大阪の1館のみでした。これ以外の3D上映箇所はすべて日本語吹き替え版のみでした。

 今でこそテレビの有料放送では「ノーカット・字幕スーパー・途中CMなし」が当たり前ですが,僕のような年配の映画ファンは,かつてのテレビ放映の洋画=「日本語吹き替え・途中CMあり・ぼろぼろにカット」という時代に育った関係で,「日本語吹き替え版はオリジナル映画をばっさり改変した安っぽい洋画」というイメージがいまだに抜けていません。映画館でお金を払って日本語吹き替えの洋画を見るなんて,僕にはあり得ないです。

 もちろん最近は,洋画は吹き替えの方がいいという人がたくさんいるのも事実で,それはそれで選択肢として提供いただければいいでしょう。でも,3D字幕版が上映されているのが東京と大阪のみ(名古屋や横浜などの大都市圏でさえ3Dは吹き替え版のみ)というのは,あまりにもひどい。地方の人は字幕が読めないと馬鹿にされているのかとさえ思えます。

 この手のパニック映画を見るのは若い人が多いのかなと思っていましたが,今回この映画を大阪(梅田)で見た時,観客は意外と年配者が多いような気がしました。第一作「ジュラシック・パーク(1993年公開)」からのファンが多いのか,僕のようにオールドファンは字幕版が好きだからなのか,その理由はよくわかりませんが。

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2015年8月15日 (土)

戦後70年談話

 戦後70年の安倍首相談話が出されました。過去の内閣の談話を否定する過激な内容になるかと思っていたら,意外におとなしい内容だったという印象。「安全保障関連法案が成立するまではおとなしくしていなさい」というのが自民党の方針らしいので,もし安保法案が成立していたら,内容はかなり違ったものになったでしょう。

 今回の談話で問題とされているのは,下記箇所と認識しています。

 「我が国は,先の大戦における行いについて,繰り返し,痛切な反省と心からのおわびの気持ちを表明してきました」
   ・・・
 「日本では,戦後生まれの世代が,今や,人口の8割を超えています。あの戦争には何ら関わりのない,私たちの子や孫,そしてその先の世代の子どもたちに,謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません」

 「おわび」については,たしかに,これまでのことを言っているだけで安倍総理自身がおわびするとは言っていません。また,「あの戦争には何ら関わりのない,私たちの子や孫,そしてその先の世代の子どもたちには謝罪させたくない」と言い,自分が謝罪するのか謝罪したくないのかについては言及していません。安倍さんの本心は謝罪したくないのが見え見えで,謝罪したくないとはっきり言ってくれた方がすっきりしたでしょう。子や孫の世代を引き合いに出すのは卑怯だと思います。

 このような中途半端な内容だと野党や中韓から批判されるのは見え見えで,何もわざわざ戦後談話なんて出さなくても良かったのにと思います。もっとも,仮にはっきりと謝罪を明言したら,結局は「そんなの本心じゃない(これまでの発言と矛盾している)」と批判を浴びたわけで,どっちにしても難しいものです。

 さて,戦後談話を出すのは決して総理大臣の特権という訳ではなく,各政党からも出されています↓

Photo
(日経新聞より)

 要するに,戦後談話というのは誰が勝手に出してもOKということなので,誠に僭越ながら,僕自身もちょっと考えてみました。

【かば の 戦後70年談話】

 先の大戦で,我が国が他国の人々に計り知れない損害と苦痛を与えたのは歴史的事実であり,日本人として謙虚に反省し,二度とこのような過ちを犯さないよう,それを選挙の際の投票行動によって示していくのが日本国民の義務であると認識しています。

 もちろん,各地での大空襲や広島・長崎への原爆投下など,我が国自身も多大な被害を被っており,対戦国を許せない感情があることは理解できますが,そもそもこの戦争を仕掛けたのは我が国であり,多くの国民を戦地に送って死ぬことを強制し,沖縄で地上戦を交え,本土決戦まで決意するなど,国民に多大な犠牲を強いたのは時の政府・軍隊です。

 特に,1945年7月に出されたポツダム宣言を速やかに受諾していれば,広島・長崎への原爆投下も満州でのソ連軍参戦も防ぐことができたわけであり,ポツダム宣言を無視してまったく勝ち目のなかった戦争を継続した政府の責任は極めて重大で,赦せるものではありません。

 東京裁判は戦勝国主導によるものであり無効ということを主張する政治家も一部にいますが,これらの政治家は,いわゆるA級戦犯が対戦国に対してだけなく日本国民に対しても多大な犠牲を強いたという事実を認識していないのではないでしょうか。

 具体的な戦力分析も合理的判断もせず,軍隊のトップが声高に叫ぶ精神論によって本土決戦へ突き進もうとした体質が,今の日本社会にも通じているのではないかと危惧します。一例として,一連の東芝の会計処理問題があります。冷静な経営判断を怠った経営トップの恫喝によって会計操作をしてしまうというのは,かつての軍部の体質に通じるものがあります。

 過去の戦争の過ちを教訓として不戦の考えを貫くのは当然ですが,通常の社会生活においても過去の教訓を生かし,一時の感情に流されたり不合理な圧力に屈したりすることなく,自分自身の人生を全うする所存です。

   ・・・なんてね。


【参考掲載】戦後70年 安倍首相談話の全文(日経新聞web版より転載)

 終戦70年を迎えるにあたり、先の大戦への道のり、戦後の歩み、20世紀という時代を、私たちは、心静かに振り返り、その歴史の教訓の中から、未来への知恵を学ばなければならないと考えます。

 100年以上前の世界には、西洋諸国を中心とした国々の広大な植民地が、広がっていました。圧倒的な技術優位を背景に、植民地支配の波は、19世紀、アジアにも押し寄せました。その危機感が、日本にとって、近代化の原動力となったことは、間違いありません。アジアで最初に立憲政治を打ち立て、独立を守り抜きました。日露戦争は、植民地支配のもとにあった、多くのアジアやアフリカの人々を勇気づけました。

 世界を巻き込んだ第1次世界大戦を経て、民族自決の動きが広がり、それまでの植民地化にブレーキがかかりました。この戦争は、1千万人もの戦死者を出す、悲惨な戦争でありました。人々は「平和」を強く願い、国際連盟を創設し、不戦条約を生み出しました。戦争自体を違法化する、新たな国際社会の潮流が生まれました。

 当初は、日本も足並みをそろえました。しかし、世界恐慌が発生し、欧米諸国が、植民地経済を巻き込んだ、経済のブロック化を進めると、日本経済は大きな打撃を受けました。その中で日本は、孤立感を深め、外交的、経済的な行き詰まりを、力の行使によって解決しようと試みました。国内の政治システムは、その歯止めたりえなかった。こうして、日本は、世界の大勢を見失っていきました。

 満州事変、そして国際連盟からの脱退。日本は、次第に、国際社会が壮絶な犠牲の上に築こうとした「新しい国際秩序」への「挑戦者」となっていった。進むべき針路を誤り、戦争への道を進んで行きました。

 そして70年前。日本は、敗戦しました。

 戦後70年にあたり、国内外にたおれたすべての人々の命の前に、深く頭を垂れ、痛惜の念を表すとともに、永劫(えいごう)の、哀悼の誠をささげます。

 先の大戦では、300万余の同胞の命が失われました。祖国の行く末を案じ、家族の幸せを願いながら、戦陣に散った方々。終戦後、酷寒の、あるいは灼熱(しゃくねつ)の、遠い異郷の地にあって、飢えや病に苦しみ、亡くなられた方々。広島や長崎での原爆投下、東京をはじめ各都市での爆撃、沖縄における地上戦などによって、たくさんの市井の人々が、無残にも犠牲となりました。

 戦火を交えた国々でも、将来ある若者たちの命が、数知れず失われました。中国、東南アジア、太平洋の島々など、戦場となった地域では、戦闘のみならず、食糧難などにより、多くの無辜(むこ)の民が苦しみ、犠牲となりました。戦場の陰には、深く名誉と尊厳を傷つけられた女性たちがいたことも、忘れてはなりません。

 何の罪もない人々に、計り知れない損害と苦痛を、我が国が与えた事実。歴史とは実に取り返しのつかない、苛烈なものです。一人ひとりに、それぞれの人生があり、夢があり、愛する家族があった。この当然の事実をかみしめる時、今なお、言葉を失い、ただただ、断腸の念を禁じ得ません。

 これほどまでの尊い犠牲の上に、現在の平和がある。これが、戦後日本の原点であります。

 二度と戦争の惨禍を繰り返してはならない。

 事変、侵略、戦争。いかなる武力の威嚇や行使も、国際紛争を解決する手段としては、もう二度と用いてはならない。植民地支配から永遠に決別し、すべての民族の自決の権利が尊重される世界にしなければならない。

 先の大戦への深い悔悟の念と共に、我が国は、そう誓いました。自由で民主的な国を創り上げ、法の支配を重んじ、ひたすら不戦の誓いを堅持してまいりました。70年間に及ぶ平和国家としての歩みに、私たちは、静かな誇りを抱きながら、この不動の方針を、これからも貫いてまいります。

 我が国は、先の大戦における行いについて、繰り返し、痛切な反省と心からのおわびの気持ちを表明してきました。その思いを実際の行動で示すため、インドネシア、フィリピンはじめ東南アジアの国々、台湾、韓国、中国など、隣人であるアジアの人々が歩んできた苦難の歴史を胸に刻み、戦後一貫して、その平和と繁栄のために力を尽くしてきました。

 こうした歴代内閣の立場は、今後も、揺るぎないものであります。

 ただ、私たちがいかなる努力を尽くそうとも、家族を失った方々の悲しみ、戦禍によって塗炭の苦しみを味わった人々のつらい記憶は、これからも、決して癒えることはないでしょう。

 ですから、私たちは、心に留めなければなりません。

 戦後、600万人を超える引き揚げ者が、アジア太平洋の各地から無事帰還でき、日本再建の原動力となった事実を。中国に置き去りにされた3千人近い日本人の子どもたちが、無事成長し、再び祖国の土を踏むことができた事実を。米国や英国、オランダ、オーストラリアなどの元捕虜の皆さんが、長年にわたり、日本を訪れ、互いの戦死者のために慰霊を続けてくれている事実を。

 戦争の苦痛をなめ尽くした中国人の皆さんや、日本軍によって耐え難い苦痛を受けた元捕虜の皆さんが、それほど寛容であるためには、どれほどの心の葛藤があり、いかほどの努力が必要であったか。

 そのことに、私たちは、思いを致さなければなりません。

 寛容の心によって、日本は、戦後、国際社会に復帰することができました。戦後70年のこの機にあたり、我が国は、和解のために力を尽くしてくださった、すべての国々、すべての方々に、心からの感謝の気持ちを表したいと思います。

 日本では、戦後生まれの世代が、今や、人口の8割を超えています。あの戦争には何ら関わりのない、私たちの子や孫、そしてその先の世代の子どもたちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません。しかし、それでもなお、私たち日本人は、世代を超えて、過去の歴史に真正面から向き合わなければなりません。謙虚な気持ちで、過去を受け継ぎ、未来へと引き渡す責任があります。

 私たちの親、そのまた親の世代が、戦後の焼け野原、貧しさのどん底の中で、命をつなぐことができた。そして、現在の私たちの世代、さらに次の世代へと、未来をつないでいくことができる。それは、先人たちのたゆまぬ努力と共に、敵としてしれつに戦った、米国、豪州、欧州諸国をはじめ、本当にたくさんの国々から、恩しゅうを越えて、善意と支援の手が差しのべられたおかげであります。

 そのことを、私たちは、未来へと語り継いでいかなければならない。歴史の教訓を深く胸に刻み、より良い未来を切り開いていく、アジア、そして世界の平和と繁栄に力を尽くす。その大きな責任があります。

 私たちは、自らの行き詰まりを力によって打開しようとした過去を、この胸に刻み続けます。だからこそ、我が国は、いかなる紛争も、法の支配を尊重し、力の行使ではなく、平和的・外交的に解決すべきである。この原則を、これからも堅く守り、世界の国々にも働きかけてまいります。唯一の戦争被爆国として、核兵器の不拡散と究極の廃絶を目指し、国際社会でその責任を果たしてまいります。

 私たちは、20世紀において、戦時下、多くの女性たちの尊厳や名誉が深く傷つけられた過去を、この胸に刻み続けます。だからこそ、我が国は、そうした女性たちの心に、常に寄り添う国でありたい。21世紀こそ、女性の人権が傷つけられることのない世紀とするため、世界をリードしてまいります。

 私たちは、経済のブロック化が紛争の芽を育てた過去を、この胸に刻み続けます。だからこそ、我が国は、いかなる国の恣意にも左右されない、自由で、公正で、開かれた国際経済システムを発展させ、途上国支援を強化し、世界のさらなる繁栄をけん引してまいります。繁栄こそ、平和の礎です。暴力の温床ともなる貧困に立ち向かい、世界のあらゆる人々に、医療と教育、自立の機会を提供するため、一層、力を尽くしてまいります。

 私たちは、国際秩序への挑戦者となってしまった過去を、この胸に刻み続けます。だからこそ、我が国は、自由、民主主義、人権といった基本的価値を揺るぎないものとして堅持し、その価値を共有する国々と手を携えて、「積極的平和主義」の旗を高く掲げ、世界の平和と繁栄にこれまで以上に貢献してまいります。

 終戦80年、90年、さらには100年に向けて、そのような日本を、国民の皆様と共に創り上げていく。その決意であります。

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