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2015年7月28日 (火)

公職選挙法改正

 来夏の参院選から定数を「10増10減」する改正公職選挙法が本日成立しました。これにより,1票の格差は4.77倍から2.974倍に改善されるとか。この程度の格差改善だと,結局また選挙直後に違憲訴訟が噴出するんでしょうね。

 今回の改正により,鳥取県と島根県,徳島県と高知県が合区されることになりましたが,合区対象の自民党参議院議員が採決に抗議して退席したというのは,超わかりすぎる対応で笑えます。国会議員というのは,党の決定よりも自らの身分を守ることを第一に考えているということを,身をもって説明してくれたということですよね。

 棄権しようが反対しようが,どのみち成立する法律なんだから,ここは賛成しておいて党議に従えば「潔い!」という評価になるのに,あえて自分の保身を主張するというのは,正直すぎてかっこよすぎます。

 対案を提出した民主党や公明党も,どうせその案は否決されるのだから,格差2倍なんていう中途半端な提案をせずに,格差を1倍程度までに縮める提案をしておけば評価も高まったのにと思います。ほんと国会議員のやることはよく理解できません。

 そもそも,衆議院も参議院も,今の選挙制度は相対的支持率が第一党である自民党が圧倒的に有利で,格差が是正されたり選挙区が大きくなったりするほど第二党以下にも公平になるというのは周知の事実。民主党が政権を取っている間に,自民党政権下では絶対に実現できないような公平な制度にさっさと改正してしまえばよかったのにと思います。ほんと民主党の罪は深いです。

 いずれにしても,国会議員の身分に影響を与えるような公職選挙法の改正は国会議員自身では絶対にできないということを,今回合区対象となった自民党議員が証明してくれたわけで,公職選挙法は国会議員以外の別組織で決めるしかないということでしょう。

 1票の格差をなくし,かつ区割り変更などにより格差是正が一切不要となる選挙制度としては,比例代表制か大選挙区制しかありえないと僕は考えています。そもそも国会議員は国全体の代表であり,特定の地域の利益代表ではないはずです。

 ただ,そうは言っても,保守系の政党を中心に,どうしても地方(地元)とリンクさせたいという政党があるのは事実。その救済策として,全国単一またはブロック制の大選挙区制としながら,各政党が選挙区を自由に区割りできるような案にしてはどうでしょうか。広いエリアから票を集めたい政党は,広いエリアをその候補者の選挙区とし,各候補のエリアは狭くして多数の候補者を出したい政党は,市区町村単位等の狭いエリアに自由に区分けして候補者を出せばいい という制度。こんな選挙制度にすれば,1票の格差の問題も区割りの問題も,すべてきれいに解決すると思いますよ。

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2015年7月25日 (土)

マニフェストの検証

 今回の安保法制に関して,先日のブログで「集団的自衛権を認める考えは約1年前に閣議決定されたもの。その後の総選挙で与党が圧倒的多数の議席を獲得して支持されたのだから,集団的自衛権は民意に従っているという解釈が成り立つが,与党のマニフェストにきちんと書かれていることが必要」と書きました。

 これまでは,政党のマニフェストなんて真剣に読むことはないと思っていたんですが,書きっぱなしは無責任かと思い,念のために昨年の総選挙時点のマニフェストを調べてみました。両党のマニフェストは,こちらにアップされていました↓

自民党:
http://jimin.ncss.nifty.com/pdf/news/policy/126585_1.pdf

公明党:
https://www.komei.or.jp/campaign/shuin2014/manifesto/manifesto2014.pdf

 自民党のマニフェストの場合,例の安保法制に関しては,24ページに以下のように書かれています(原文のまま)。

「国の存立を全うし、国民を守るための切れ目のない安全保障法制の整備について」(平成26年7月1日閣議決定)に基づき、いかなる事態に対しても国民の命と平和な暮らしを守り抜くため、平時から切れ目のない対応を可能とする安全保障法制を速やかに整備します。

 公明党のマニフェストには,自民党と一字一句違わず,まったく同じ文言で23ページに記載されています。

 このように,「閣議決定に基づいて安全保障法制を整備する」とうたっているので,形式上はマニフェストに記載されており,今問題となっている安保法案については,昨年12月の総選挙で与党の圧倒的多数の議席獲得により信任を得ており,民意に従った法案であると言えるでしょう。特に総選挙で与党に投票した人は,この法案は自分が投票した結果によるものだということをきちんと認識して欲しいと思います。

 ただし,マニフェストに記載されているといっても「形式上」であり,マニフェストには「集団的自衛権」の「し」の字も出てきません。意地悪い見方をすれば,意識的に出さずにぼかしているように思えます。「昨年の閣議決定に基づいて」と記載されていますが,法律の条文のような公文書ならともかく,閣議決定内容というのは明文化されたものがいつでも誰でも簡単に読めるようになっているわけではありません。その内容をマニフェストに明確に記載しないのは,極めて不親切・不適切と考えます。野党もメディアも,この点をきちんと質すべきだと思いますが,どうでしょうか。

 ついでに言わせてもらえれば,選挙で選ばれた議員や政党の行動・言動については,マニフェストに従っているかどうかを常に検証することが重要と考えていますが,この点の意識が極めて低い政治家が多いのは残念。特に,選挙の際には,前回の選挙でのマニフェストと実績との差異(マニフェストどおりに遂行したか,マニフェストに記載のないことを独断でやっていないか など)を検証し,問題があればきちんと選挙で報告して改善していくべきでしょう。決算時に予算と比較して問題点をフィードバックするというのは,民間企業ならごく普通にやっていることですよ。

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2015年7月24日 (金)

映像の世紀

 1995年から1996年にかけてNHK地上波で放送された番組で,NHKスペシャル「映像の世紀」という番組がありました。涙なしには見られない,素晴らしいドキュメンタリー番組です。

Photo

 これは,20世紀が終わろうとしている1990年代後半において,20世紀に映像(動画)として残されていたフィルムを紹介したドキュメンタリーです。最近CSのヒストリーチャンネルで「終戦70年 "私たち"は何を見たのか?」というシリーズで放送されていたもので,今回改めて見ることができました。20世紀の世界がどのように動いてきたかを動画によって五感に直接訴える,優れた番組です。よくこんな残酷なシーンが当時地上波で放送されたものだと感心する貴重なシーンも多数あります。

 CSのヒストリーチャンネルで最近何回か放送されていたようですが,調べたところ,8/13~14にも全11集が通して再度放送されます。これがラストチャンスかも。ぜひお見逃しなく! ちなみに,このドキュメンタリーはDVDでも発売されていますが,このDVD BOXの価格はAmazonの場合で84,200円!・・・高すぎます。なお,もしAmazonで購入される場合は,ぜひこのブログのページ左下のリンクから購入お願いしま~す!(笑)

 この映像を見て感じたのは,人間の歴史には必然の「流れ」があるということ。今思えばバカげた戦争やむちゃくちゃな独裁政治や無益な革命についても,その時点では民衆の支持により必然的に発生したというケースが多いです。あのヒトラーの独裁政権でさえ,決してクーデターによって生まれたものではなく,極めて民主的な選挙で選ばれ,民衆の絶大な支持によって誕生したものです。

 したがって,日本でも,ヒトラーのような非人道的な独裁政権が誕生しうるということをきちんと認識しておくべきでしょう。たとえば,財政再建や景気回復を達成し,ヒトラーのように民衆を引きつける演説能力のある指導者が現れたとしたら,国民の圧倒的支持によって独裁政権が誕生する可能性があります。何しろ,今の日本の選挙制度は極めて非民主的であり,50%程度の支持があれば80%以上の議席が獲得できて憲法改正でも何でもできてしまうのですから。

 そう思うと,日本の政治が大きく変わる曲がり角になったのは,衆議院に小選挙区制が導入された1994年だったと僕は思います。昨日,参議院の1票の格差を3倍程度に抑える10増10減改正案を自民党他が提出すると報じられていましたが,なんでこんな格差3倍というバカげた改正案しか提出できないのか,レベルの低さにあきれます。本案のように合区を進めて格差を是正していったら,結局行き着くところは大選挙区制か比例代表制しかあり得ないという単純明快なことが,なんで理解できないんでしょうか。

 それはともかく,1994年の衆議院の小選挙区制導入が歴史の曲がり角で,なんでこんなアホな選挙制度にしてしまったのかと,後世の人は後々気づくことになるのでしょうね(もちろん,賢明な人は最初から気づいて反対していたと思いますが)。

 今の平和で平穏な日本にあっては,「戦争も独裁政治も過去のことや遠い海の向こうで起こっていることであり日本では無縁」と漠然と考えている人が多いと思われるのが本当に心配であり,過去の歴史を知らなさすぎると言えます。上に書いたように,今の選挙制度では独裁政権が生まれる可能性は十分あり,自分が生まれるたった10年前まで日本は戦争をやっていて,今の北朝鮮と同様に飢餓に苦しみ言論の自由もない恐ろしい国でした。かの911テロで世界貿易センタービルに航空機が突撃自爆するシーンは衝撃的で,なんてアホなことを? と思いますが,これってかつての日本軍の神風特攻隊が普通にやっていたことであり笑えません。

 要するに,歴史を振り返って後から「あれは間違っていた」というのは簡単ですが,その時点では気づかない,あるいは気づいていても流れに逆らえなくなっていることがあるという怖さを認識すべきです。現在でも,どう見てもアホだと思える国が現に存在しているのが何よりの証拠です。かく言う自分自身も,もしあの時代のドイツに生きていたら,たぶんヒトラーに投票してしまったことでしょう。

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2015年7月17日 (金)

白紙撤回

 新国立競技場の建設計画を白紙撤回するというニュース。総理大臣自らが発表するほどのことかどうかはともかく,安保法案等が原因で低下した内閣支持率の挽回を狙ったかとの報道もされています。そんな理由でここまで進んだ建設計画を中止するとは思えませんが,どうなんでしょうか。支持率回復を狙うなら,安保法案こそ白紙撤回した方がいいような・・・

 それはともかく,途中まで進んだ工事を中止するというのは,関連業者との契約上の問題などの影響が膨大であり,白紙撤回というのは本当に可能なんでしょうか。まあ僕が心配することではありませんけどね。

 それにしても,五輪招致のプレゼンで安倍総理が「福島原発の汚染水は完全にブロックされている」と公言した後で再三汚染水漏れが発生したり,競技開催場所を変更したり(渋滞の激しい鎌倉市内を経由して江ノ島で競技開催なんて信じられない!),メインスタジアムの計画を変更したりなど,さんざん大風呂敷を広げた末にこの体たらく。こんなデタラメな五輪招致が許されるんでしょうか。この際,東京での五輪開催も「白紙撤回」した方がいいのでは?

 国立競技場の話に戻すと,白紙撤回の理由は,コンペでのデザイン決定後に建設費が大幅にアップすることが判明したからと伝えられています。コンペの時は「建設費はともかくデザインで選んだ」と報じられていましたが,お絵かき大会じゃあるまいし,費用を選定基準に考慮しないなんてあり得ない。そんなのコンペって言えないと思いますよ。

 ところで,新国立競技場は元々開閉式ドームの予定だったとか。この際なので,建設費や維持費がかかる割に開閉する必要性の低い開閉式はやめて,オープン(屋根なし)にするか,または完全ドームにした方がいいと思います。

 昔福岡ドームに行った時,屋根をオープンにしても開口部が小さく圧迫感は通常のドームとほとんど変わらないと感じました。冷暖房完備のドーム内というのは一年中快適で,わざわざ巨額の費用をかけて屋根を開閉可能にするメリットが理解できません。ちなみに,豊田スタジアムは,開閉式を維持する費用が捻出できなくて常時開放に変更したらしいです(せっかくの屋根なのに,なんで常時閉じるようにしなかったのかは理解できませんが)。

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2015年7月14日 (火)

安保法案

 本日は,前回ちょっと触れかけた安保法案について。重苦しい問題なので気が進まないんですが,やはり少し触れておきたいので。

 この法案については,大多数の憲法学者が違憲と判断したものの,与党は「それはそれとして,必要だから」みたいな説明をしています。国会は唯一の立法機関であり国会議員は法律作成のプロなんだから,学者の意見よりも政治家の判断の方が正しいと信じているようです。けれど,米軍の駐留を合憲としたものの安保条約自体の憲法判断は行なわず,まして集団的自衛権に対して一切言及していない砂川事件の最高裁判決を根拠に,今回の安保法案を合憲と判断する与党の論理は,完全に破綻しているように思えます。

 さらに,内閣法制局長官OBや一部の最高裁判事OBも反対意見を述べており,おまけに自民党政治家のOBまでもが反対しており,現時点で賛成しているのは現職の与党国会議員と現職の内閣法制局長官と読売新聞だけ みたいな笑える状況になっています。いやホント,朝日だけでなく読売こそ僕は潰れてほしいと思っていますよ(あくまで個人の感想です)。

 この法案は今週にも委員会採決されるとのことで,最終的には成立するものと思われますが,この法律が施行されたとたんに多くの訴訟が起こされる可能性があります。憲法の規定により裁判所には違憲立法審査が認められているものの,現在の裁判所は法律が制定されただけでは合憲か違憲かの判断はしません(これはこれでおかしいと思いますが)。ただし,具体的な個別訴訟が起こされた場合には,裁判所は憲法判断をする可能性があります。

 安保法案成立後の具体的な民事訴訟としては,「違憲である海外派兵の費用は税支出としては無効」とか,「自衛隊員の家族の精神的苦痛」とか,「そもそも現在の選挙制度は違憲であり違憲状態で選ばれた国会議員による立法は無効」とか,色々考えられます。こういった訴訟が起こされるリスクを政府はどこまで認識しているんでしょうか。

 また,一内閣の解釈変更だけで集団的自衛権が認められるなら,内閣が替わっただけで解釈変更して簡単に戻すことも可能なわけで,簡単に戻されるリスクがある法案に,与党がなんでこんなパワーをかけるのかも理解できません。言い換えれば,今回の法案に反対している人は,次の選挙で反対している政党が多数を占めるように投票行動を起こせばいいだけなんです。

 そもそも,この集団的自衛権を認める考えは,約1年前に閣議決定されたものです。その後昨年12月の総選挙で与党が圧倒的多数の議席を獲得して支持されたのだから,集団的自衛権は民意に従っているという解釈が成り立ちます。もちろん,この件は昨年の総選挙での与党のマニフェストにきちんと書かれているべきであり,当然書かれているはずですが,残念ながら,僕は自民党や公明党のマニフェストは読んでいないし(読む気もしないし)確認していません。誰か教えていただけると助かります。

 要するに,マニフェストに記載されていたなら,与党は「憲法違反かも知れないが民意に従っている」と堂々と胸を張って言うべきだし,万一書かれていないなら,そんな法案を提出すること自体が言語道断であり,野党はまずそこを突くべきです。なのに,本件に関する今の報道を見ていると,与党の主張も野党の主張もメディアの報道も,ほとんどその点には触れておらず,ピントが外れまくっているような気がします。

 ちなみに,国を守る(自衛する)ことに関して僕が期待しているのは,大地震などの災害対策の他に,国内でのテロに対する対策や,外国からの領海・領空侵犯に対応することや,他国から日本にミサイルが撃たれた時に即座に撃墜することなどです。ところが残念なことに,もし北朝鮮から日本に向けて予告なしに突然ミサイルが発射されたような場合,国内に着弾する前に撃墜できるかは甚だ怪しいようです。これは現在の自衛隊の装備ではもちろん,駐日米軍基地があっても,今回の安保法案が成立した後でも変わりません。なんだか国防へのパワーのかけ方が根本的に間違っているような気がします。

 テロに対しても同様で,以前安倍総理が「イスラム国対策に対して経済的支援を行う」と明言した時点で,すでに日本国内でも「イスラム国」によるテロが起こるリスクは格段に高まっていると思います。それは安倍総理が悪いというわけではなく,安倍内閣を選んだ時点で国民全体が負うべき自己責任であると認識していますが,今もし新幹線や地下鉄の駅構内や車内でサリンがまかれるテロが発生したとしても防ぎようがないのが現実です。しかも,この状況は,たとえ安保法案が成立したとしても変わりません。

 それはともかく,多くの反対の声を押し切って,また訴訟のリスクや内閣交代後の変更リスクのある安保法案を,政府はなんでこんなに苦労してまで成立させたいのでしょう。結局はアメリカのためなんですよね。政府は口を開けば国際協調とか国際貢献とかいいますが,結局はアメリカとの協調でありアメリカへの貢献なんです。ところが,米軍のために広大な基地を提供し,米軍のために莫大な国費をかけても,北朝鮮から発車されたミサイルを打ち落とすことすらできない可能性があります。しかも,悲しいことに,日本の米軍への貢献が米国民に感謝されているわけではなく,逆に「アメリカはタダで日本を守っている。日本はずるい」程度にしか思っていない米国民は多いと聞きます。

 戦後の米国による占領時以降,これまでの保守政治家は,なんでみんな米国依存なんでしょう。日米安保に頼らず国内の米軍基地をすべて撤去し,防衛力を見直して自らで自国を守ろうという保守政治家がなんでいないのか,ほんと不思議です。

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2015年7月10日 (金)

新幹線事故

 現在は実家の京都に滞在中です。
 さて,新幹線始発駅の東京駅を見ていると,折り返し列車は出発時刻のわずか10分前にホームに到着し,わずか5分間で車内清掃を済ませ,出発5分前に乗客を乗せ,定刻きっかりに発車します。1,000人以上の乗客を乗せて最短で3分間隔でダイヤ通りに発車する新幹線というのは,今さらながら優れたシステムだと痛感します。この新幹線にも,慢性的に遅れてダイヤ通りに発車することがない時代(1970年代後半だったか)があったというのが嘘のようです。

 こんな優れた新幹線でも,先日の火災事故のように,悪意ある行為に対しては防ぎようがないものです。もっとも,新幹線よりもむしろ,地下を走る地下鉄で同じことが起こったら,もっと悲惨な結果になっていたでしょう。でも,かつての地下鉄サリン事件に対して,再発を防ぐ具体的な対策は地下鉄では講じられていないと認識しています。ペットボトルなどに詰められたサリンが,地下鉄や新幹線の車内や駅構内でまかれる可能性は今でもあるわけで,こんなケースに対しては防ぎようがないのが現実。

 それにしても,車内で自殺した人の動機が「年金が少なくてやってられん!」みたいなことだったとか。これって僕にとっては「明日は我が身」であり,悲しすぎます。

 今回の新幹線事故を受けて,「新幹線でも手荷物チェックをすべき」みたいなことを言っている人がいますが,これはちょっとおかしい。新幹線に限らず,在来線でもバスでも,走行中に自爆行為をされた際の危険度は同じで,新幹線だけが特別ってことはないはず。そもそも乗り物に限らず,人が集まるところでの自爆行為に対するリスクは同じことでしょう。新幹線だけを特別扱いする必然性はないと思いますよ。

 「乗客全員の手荷物チェックは現実的に無理なので,サンプリングチェックで抑止効果を」みたいな意見もありますが,対象サンプルを人為的に選ぶのは問題がありそう。家族連れやスーツ姿のビジネスマンはスルーして,外国人とか,「いかにも危なそうな人」とか,僕のような「無職の遊び人」とかが狙い撃ちでサンプルに選ばれたりするんでしょうねー。

 いずれにしても,乗り物でも路上でもどんな場所でも,悪意ある人の自爆行為やテロ行為を防ぐのには限界があることを知るべきです。個人的には,海外での集団的自衛権の行使よりも,国内でのテロ行為を防ぐことの方がはるかに切実であり重要と考えています。なのに,安保法制の成立になんでそんなに躍起になるのか,僕にはまったく理解できません。おっと,この話を書くと長くなるので,また次の機会に。

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