« 2010年7月 | トップページ | 2010年9月 »

2010年8月29日 (日)

民主党の「会談」

 菅直人代表と小沢一郎前幹事長との対決となりそうな民主党代表選の対応をめぐり,菅氏と鳩山由紀夫前代表が29日中に再度会談する(した?)と報じられていますが,同じ党内の幹部が会って話すだけなのに「会談」という表現には違和感を覚えます。そんなに改まらなくても,ちょっと会って話せばいいだけじゃん! って思います。「会談」って,党首が他党の党首と会う時とか,国のトップや大臣が他国の首脳や大臣などに会う時に使う言葉じゃなかったでしたっけ?

 党の幹部どうしが会って話すだけなのに,面会でも会合でもなく大々的に「会談」と報じられている時点でこの党は終わってしまっているような気がしますが,それはともかく,鳩山前代表が菅氏と小沢氏の調整役をやっている点にも違和感を覚えます。あの鳩山氏にそんな調整能力があるとは思えません。菅氏と小沢氏は,なんで鳩山氏を介さずに直接会って「会談」しないのか,不思議です。

 一般有権者には民主党代表を選ぶ権利がないわけで,どちらが選ばれるかは民主党員の良識とセンスにお任せするしかないわけですが,今回は実質的に総理大臣を選ぶ代表選となるため,これまでの民主党代表選と比べて断然面白いと感じます。そして代表選の結果は,党員・サポーター票は菅氏が勝利するものの,国会議員票は小沢氏が圧勝し,得票ポイントの重みの違いにより小沢氏が代表に就任することになるものと予測しています。

 カネがらみの問題で爆弾を抱えている小沢氏では政局を乗り切るのは厳しいでしょう。小沢氏は,公職でもなんでもない党の幹事長だった時でさえマスコミなどからあれだけバッシングを受けたわけで,総理大臣という立場になればとても持たないような気がします。もっとも,小沢氏には,自民党と連立して与党が衆参とも過半数を確保して乗り切るといった超裏技があるのかも知れませんね。それにしても,カネがらみの問題で小沢氏を道連れに代表を辞任したのに,今度は「恩返し」とか言って小沢氏を支持するという鳩山氏の言動は,僕にはなかなか理解できません。

 菅氏に比べて小沢氏の方が百戦錬磨で,政治家としての実力がありポリシーが明確なように見えますが,何しろ性格が暗いのが難点。健康面の不安もあると聞きます。あまり表舞台に出て来ず,必要最小限のことしか話さない性格の小沢氏が,総理大臣という国のトップになりたがるというのはすごいギャップで違和感を覚えます。物言わない政治家というのはちょっと不気味ですよね。

 ところで,菅氏が民主党代表に選ばれて総理大臣に就任したのはたった3ヶ月前。なのになんでまた9月に代表選をやり直す必要があるんでしょうか。前代表が任期途中で辞任したため,新代表はその残りの任期を引き継いでいるためということらしいですが,そもそも民主党のこのルール自体がおかしすぎます。そして,この点を突っ込むメディアが全然ないというのも,本当に不思議なものです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年8月21日 (土)

送電線鉄塔

 瀬戸内海に海上保安庁のヘリコプターが墜落して5人が死亡/行方不明になる事故がありましたが,原因は島と島の間に張られた送電線にヘリコプターが接触したためとか。そういえば,飛行機に乗って上空から見下ろすと,日本の国土には送電線が網の目のように張り巡らされていているのがよくわかります。建築物も道路も何もなくて人が簡単に行けないような山奥に,いったいどうやって巨大な鉄塔を建てたり長距離の送電線を張ったりすることができるのかが不思議になるくらい,こういった電力設備の建築技術というのは素晴らしいと感じますが,海上にまで送電線が張られていたとは驚きです。

 さて,送電線にちなんだ映画の感想をひとつ。「鉄塔武蔵野線」(1997年公開,監督:長尾直樹,出演:伊藤淳史,内山眞人 ほか)です。この映画は,CSの「日本映画専門チャンネル」で「夏休み映画特集」として最近放映されていたもの。子供時代の夏休みを思い出させる,なんとなく懐かしい雰囲気の映画でした。【以下,ネタバレあり】

 映画のストーリーは,送電線鉄塔に番号が付いていることを発見した小学生が,夏休み中に少年二人で「1号鉄塔」の先に何があるかを探す冒険に出かけるというもの。武蔵野線の69号鉄塔から順次番号が減る鉄塔を追うシーンは,子供の時に遠足で行った京都の御室(おむろ)八十八ヶ所霊場(1番から88番までの番号を付けた小さな堂を巡るハイキングコース)を思い出しました。

 少年が耳を鉄塔にくっつけて「電気の音」を感じるシーンがありますが,僕も子供の頃に似たような経験があります。といっても,京都の町中にはさすがに送電線鉄塔はなく,僕が耳を付けたのは町中に張り巡らされた配電線の電柱です。普通の電柱は音がしませんが,変圧器を搭載した電柱に耳を付けると低いうなり音が聞こえていたのが記憶に残っています。

 また,いっしょに冒険に出かけた年下の少年が「帰りたい」と言って泣き出すシーンや,ここまで同行させてつらい思いをさせて申し訳ない思いながらも,年下の少年を先に帰して自分は冒険を続けるシーンなどには,子供の時に経験したような既視感を覚えました。

 そして,この少年に対して家族から捜索願が出ていたため,あと一歩の「4号鉄塔」まで行ったところで家に連れ戻されることになります。この挫折感の表現もなかなかよかったです。ちなみに,武蔵野線1号鉄塔の先に何があるのかという答えは,新所沢変電所という変電所です。

 ということで,特別激しいストーリーがあるわけでもない地味な映画でしだが,妙に懐かしい「夏休み」を感じることのできる映画だったと思います。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2010年8月16日 (月)

箕面へ行ってきた

 今は実家へ帰省中ですが,空いた時間に大阪府の箕面(みのお)に行ってきました。モミジと滝の名所として関西地区では有名な観光地ですが,全国的な知名度はどうなんでしょうか。箕面へは子供の頃に家族でハイキングに来たことがあり,何十年ぶりかの再訪です。懐かしかったです。

 箕面は阪急宝塚線・石橋駅で箕面線に乗り換えて終点の駅です↓

3867_2

3868_2

 阪急電鉄は今年で開業100周年ですが,1910年(明治43年)に最初に開業したのが前身の箕面有馬電気軌道時代で,現在の宝塚本線・箕面線にあたる梅田~宝塚間と石橋~箕面間の路線。その意味で,この箕面駅というのは記念すべき駅でしょう。

 さて,箕面といえば滝と紅葉の名所ですが,僕が子供の時の強烈な印象として残っているのは滝でも紅葉でもなく,野生のニホンザル集団です。道路を縦横無尽に走り回って人間にイタズラする野生サルの印象は強烈で,動物園にいるどんな動物よりも迫力満点でした。

 ところが,今回は1匹のサルも見ませんでした。住民や観光客が被害を受けないように駆除されてしまったのでしょうか。ちょっと残念です。滝へ向かう道中,サルには1匹も会いませんでしたが,代わりに犬を連れた人を多数見つけました。滝へ向かうハイキングコースは,今やサルは去って犬の散歩道になってしまったようです。

 駅から歩くこと約40分で箕面滝へ到着↓

3842   

 子供の時に見た記憶ではもっと大きな滝だったけど,今見るとそれほどでもない高さです。調べたところ,滝の落差は33m。それでも「日本の滝百選」の一つに選定されているそうですよ。

 そして,太陽の光がモミジの青葉を通して降り注ぐ風景はなかなか見事。今度はぜひ紅葉の季節に来てみたいものです↓

3853

 さて,モミジといえば,箕面の名物「もみじの天ぷら」です。ハイキングコースの沿道には,もみじの天ぷらを売るお店が多数あります。真夏の暑い日にもかかわらず,店頭で一日中天ぷらを揚げているなんて,超大変そうです。あんまり買っている人を見かけませんでしたが,売れているんでしょうか。

3865

 子供の頃に来た時,実は食べてみたかったんですが,親は「そんなゲテモノみたいな」とか言って買ってくれませんでした。で,念願かなって今回買ってみました。70グラム入りで300円↓

3889

 広島名物の「モミジまんじゅう」とは違い,こちらは正真正銘,本物のモミジの葉が入っています。形もたしかにモミジですが,食べた限りは「衣だけの天ぷら」と言えます。モミジの葉は全然主張していないし,モミジの葉は単に「つなぎ」程度の役目しかしていないみたいで,その意味ではモミジの葉でなくても何でもよかったのかも知れません。ただ,葉っぱの芯が残るようなことがないのは感心で,それもそのはず,このモミジは食用に栽培された特殊なモミジの葉を1年以上塩漬けにして灰汁抜きをしたもので(Wikiより),それなりに手間ひまかけているみたいです。

 で,この「もみじの天ぷら」の味ですが,ゴマが入って香ばしく,ほんのり甘くて,天ぷらというよりもカリカリに揚げたお菓子です。ちょっと脂っこいですが,甘さは控えめでけっこうクセになる素朴な味です。「ゲテモノ」なんてとんでもない,僕はモミジまんじゅう よりも断然こちらの方が気に入りました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年8月 7日 (土)

行方不明の高齢者

 所在の確認できない高齢者が多数にのぼっているそうですが,このニュースを聞いて,人間の所在を国や自治体が正確に把握することに限界があることをあらためて認識し,とても興味深かったです。

 高齢者が勝手に行方をくらますケースや,高齢の親と連絡が取れずに放置しておく人がけっこういるという報道には驚きましたが,それはそれとして,今のシステムは,人の生死について積極的に届け出る人が必ずいるというのが前提のシステム。つまり,高齢者に限らず,戸籍とか住民票とかいうのは,結局は人の善意によって成り立っているということですよね。また,あれだけ巨額の費用をかけて実施されている国勢調査が,このようなケースに対して全然機能していないという点には憤りを感じます。

 この問題に対して「行政の怠慢」みたいなことを言う人もいますが,それはちょっと違うような気がします。また,「だから近所づきあいが大事」みたいな意見にも違和感を覚えます。人には「役人に管理されたくない」「他人に干渉されたくない」という本音があり,この問題はその必然の結果だと思いますよ。

 それにしても,世界一の長寿国といわれている日本の平均寿命が実はデタラメだったというオチには笑えます。「戸籍なんてしょせんこの程度の精度のもの」と割り切ることが必要なんでしょう。もちろん,年金などの支給は本人が生存していることが前提であり,本人が健在であることを何らかの形で客観的に示すことができなければ支給を打ち切るような対策は,当然必要だと思います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2010年7月 | トップページ | 2010年9月 »