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2010年3月 7日 (日)

幸せな死に方

 ちょっと重苦しいタイトルになってしまいましたが,「いかにして幸せに死ぬか」というのは,僕にとっては若い頃からの究極のテーマなんです。人間誰でもいずれは必ず死ぬわけですが,いつ死ぬかは自殺でもしない限りは自分では決められないもの。でも,「死に方」については,とにかく,苦しまずにあっさりと,きれいに,そして周囲になるべく迷惑をかけずに死にたいという安楽死願望が強いです。もしそんな死に方で死ねるものなら,たとえ明日死んでもいいぐらいの覚悟ができています。このため,いつ突然死んでも家族が困らないように,事務処理事項を詳細に記載したエンディングノートも準備済みなんですよ。

 「死ぬ時はぽっくり死にたい」というのは多くの人の願望ではないでしょうか。もちろん,「とにかく長生きしたい」「病気でボロボロになっても,できるだけ生き続けたい」という人もいるかと思いますが,生と死をどう考えるかは人それぞれの価値観なので,それはそれでいいと思います。

 何年か前のことですが,僕は自宅の階段で足を滑らせて後頭部を激しく壁に打ったことがありました。壁が大きく陥没して頭に激痛が走りましたが,壁が木製だったからか,僕の石頭は結果的になんともなく,人間は頭を打ったぐらいで簡単に死んだりしないものだと妙に感心したものです。テレビのサスペンスドラマなどでは,頭を鈍器で叩いただけで簡単に死んでしまう殺人シーンをよく見ますが,人間ってそんなに簡単に即死するものじゃないと思いますよ。

 事故死にせよ病死にせよ,人間が死ぬ時に「即死」で死ぬというケースは希で,多くは「断末魔の苦しみ」を体験しながら死んでいくのではないでしょうか。自分の最期もそうなる確率が高いのかと思うと,なんだか気が重くなります。人間は多くの生き物の生命を奪いながら生きていくのが宿命で,まな板の上や焼いた網の上で苦しんで飛び跳ねて死んでいく魚介類を見ても平然としていられるほど罪深い生き物なので,その罪ほろぼしとして,自分が死ぬ時は苦しまなければならないのかも知れませんね。

 話は変わりますが,両親による虐待によって4~5歳の子供が亡くなる事件が,奈良県桜井市・埼玉県蕨市・兵庫県三田市で相次いで報じられています。韓国でも,ネットカフェで子育てゲームに夢中になり,生後3ヶ月の娘を餓死させたという事件がありました。「子育てゲームに夢中になって子育て放棄」なんて,笑ってられないような悲惨な事件です。埼玉県蕨市の事件は,近所に住んでいた人によると,部屋から怒鳴り声や子どもの泣き声が毎日のように聞こえ,「お水を下さい」と哀願する子供の声も響いていたとか。

 小さい子供が虐待死するという悲惨なニュースを聞くと,自分の子供が小さくて可愛かった時のことを思い出して胸が締め付けられ,ほんと涙が出ます。虐待や育児放棄をして子供に断末魔の苦しみを味わわせるなんて,最低最悪の殺し方だと思いますよ。

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