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2009年6月19日 (金)

臓器移植法改正

 衆院は18日の本会議で臓器移植法改正案を採決し,原則「脳死は人の死」とし,臓器提供の拡大をめざすA案を賛成多数で可決。残りのB,C,D案は採決されないまま廃案に。ただし,参院でA案がそのまま成立するかどうかは不透明な情勢とか。

 この法案改正は,純粋に「人の死をどう判断するか」という問題というよりは,むしろ臓器移植の推進を目的とした改正だったわけで,その点に関してはちょっと抵抗ありますが,それはさておいて,臓器移植法改正案のA,B,C,D案って,結局何がどう違うんでしょう。比較的わかりやすく図示したのはこれでしょうか↓

Photo
 (asahi.comより転載)

 脳死状態になった人には意識も思考も感覚も何もないわけで,僕だったらそんな状態で生き続けたいとは全然思わないので,もし自分が脳死と判断されたら,迷わず「死」と扱って欲しいと願っているし,家族にもそのように意思表示しています。このように,自分が脳死状態になった場合には,生き続けたいと思わない人の方が多数派なのではないでしょうか。

 もっとも,肉親が脳死状態になった場合に生き続けて欲しいと思うかどうかは,経済的な事情も含めて,人それぞれの問題でしょう。このため,脳死を「人の死」と判断するかどうかというのは,その当事者(本人または家族)が決めるべき問題だと思っています。今回,脳死を「人の死」と認めるA案が採用されたとしても,脳死の人が全員一律に死と判断されるわけではなく,「法的に死と判断してもいい」というだけのことだと認識しています。その意味で,僕としてはA案が可決されたのは良かったと思っています。

 衆院では「A案はともかくD案でもよかった」と考えていた議員は多いらしいですが,参院では「衆院から送られるのがD案だったら可決されたのに,A案だったために否決された」となる可能性があるみたいで,こんな採決方法で本当によかったんでしょうか。なんだかすっきりしません。

 今回の衆院採決では,共産党が棄権し,他の政党は党議拘束を外して自由投票としたらしい。もともと各党の公約に明示された問題ではなく,党としての態度が明確になっていない法案なので,党議拘束を外したこと自体は正解だと思いますが,そもそもこんな重要な問題を議員の個人判断にまかせてよかったんでしょうか。

 選挙で議員を選ぶ場合,有権者の多くは,比例代表議員はもちろん,選挙区の議員であっても,結局は所属政党で選んでいるわけで,今回の「人の死をどう判断するか」みたいな政党色の薄い問題に対して,議員個人の考えを全面的に信頼してその議員や政党に投票しているわけではないでしょう。ほとんどの政党が党議拘束を外すような法案を国会議員個人の判断に委ねるというのは,どう考えても無理があります。こういう政治色の薄い問題こそ,議員に委ねるのではなく,国民投票のような方法で決めるのが理想的ではないでしょうか。

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