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2008年10月15日 (水)

時が滲む朝

 昨日の続きで,第139回芥川賞を受賞した楊逸(ヤン・イー)さん作「時が滲む朝」の感想。

 この小説は,中国の民主化運動に加わった2人の大学生の天安門事件での挫折と,その後の北京五輪までの人生を描いたもの。芥川賞選考委員の石原慎太郎氏が「日本語としてはかなり滑らかだが,まだ妙な表現がないではない」とコメントした点が気になったので,本当にそんなおかしな表現があるのか,注意深く読んでみました。で,僕が気になった箇所は,たとえばここ↓

 冬の夜は実に長い,朝5時になってもまだ真っ暗で,寒空の薄い月の影に,星たちが気だるそう散らばっている。・・・

 この「冬の夜は実に長い,朝5時に・・・」の「,」は正しくは「。」でしょうね。または,「冬の夜は実に長く,朝5時に・・・」とすべきでしょうか。このように,少し気になる点がいくつかありましたが,石原氏が言うほどには,全体的に日本語としての不自然さはまったく感じられませんでした。外国文学の翻訳文なんかよりも遙かに読みやすかったです。

 芥川賞選考委員の選評が文藝春秋9月号に掲載されていていましたが,この中で石原慎太郎氏や村上龍氏はこの作品を酷評していましたね。というか,村上龍氏の場合は,この小説の「学生運動に挫折する中国の若者」というテーマに興味が持てなかったとコメントされています。

 民主化運動に情熱を燃やした当時の中国人学生の「純粋さ」に対しては,かつての日本の初期の学生運動にあったと思われる「素朴さ」「ひたむきさ」に通じるものがあり,ある種の「懐かしさ」を感じることができたし,読んだ後はなんとなく じ~んと来る,味わいのある小説だったというのが僕の感想です。もっとも,この「純粋さ」は,村上龍氏に言わせると「単なる無知」ということになるみたいですが。

 余談ですが,芥川賞受賞作家である村上龍氏の本名は,なんと「龍之介」だそうで,芥川龍之介と同じ名前では恐れ多いという理由でペンネームを「龍」にしたらしいですね。

 そして,同じ号の文藝春秋には作者の楊逸さんの受賞者インタビューも掲載されていましたが,それによると,楊さんは,この小説の主人公よりも遙かに悲惨な境遇に育った波瀾万丈の人生。皮肉なことに,小説よりもこのリアルなインタビュー記事の方が僕には怖くて迫力がありました。

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