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2008年10月30日 (木)

実名報道判決

 女子中学生にみだらな行為をしたとして逮捕された沖縄県内の中学教諭が,「実名報道で名誉を傷つけられた」などとして,県内の民放3社とNHKに損害賠償を求めていた訴訟の控訴審判決があり,福岡高裁那覇支部は「逮捕容疑の内容は公共の重大な関心事であり,実名報道の必要性は高い」として,請求を棄却した一審判決を支持しました。

 このブログで何度も書いているように,容疑者が有罪か無実かは最終的に司法が判断すべきもので,逮捕された時点ですぐにマスコミが容疑者の実名を公表していいというものではないと思っています。被害者名はもちろん,容疑者名も匿名報道にすべきというのが僕の考えです。さらに言えば,冤罪の可能性がある限り,たとえ刑が確定しても被告は匿名でいいと思っています。

 容疑者が実名で報道されることによる犯罪抑止効果はたしかにあると思いますが,犯罪抑止はマスコミの役割でもなんでもないし,マスコミには当事者の了解なく被害者や容疑者の実名を公表する権限はないと思っています。しかも,新聞やテレビニュースが報道の主流だった昔と違って,今は文書のデジタル化とネットの普及が進み,いったん公表されてしまった事実は絶対に消すことができません。マスコミは,いつまでも前近代的な習慣を引きずるのはやめて欲しいものです。

 そもそも,一般の新聞読者やテレビ視聴者は,容疑者の顔や実名に興味なんかあるんでしょうか。僕は全然知りたいと思わないし,容疑者が佐藤でも鈴木でも高橋でも自分には関係ないので,容疑者の実名を報道することの意義がまったく理解できません。この判決では「逮捕容疑の内容は公共の重大な関心事」と述べられており,そのとおりかも知れませんが,だからといってなんで「実名報道の必要性は高い」となるのかがまったく理解できません。

 自分がもし誤認逮捕されて容疑者扱いされ,実名でデカデカと報道されたり,自分の身内の人間が容疑者として実名報道されたりしたことを想像すると,本当に恐ろしい。マスコミ関係者やこの裁判官は,自分自身がこういう立場になる可能性を想像できないんでしょうか。

 と,ここまで書いて,最近テレビで見た映画「手紙」(2006年公開,監督:生野慈朗,出演:山田孝之,玉山鉄二,沢尻エリカ 他)を思い出しました。この映画は,強盗殺人を犯した兄を持つ青年が,社会から冷たい仕打ちを受けながら,受刑中の兄と手紙をやりとりするという,東野圭吾氏原作のドラマです。犯罪加害者の家族である主人公は,実名報道の被害者と言えるかも知れません。

 刑務所で検閲を受けた手紙に「桜の花びら」のスタンプが押されるというのは,この映画で初めて知りました。また,主人公の働く職場が実在の「ケーズデンキ」だったのがなかなかリアルで,会長役の杉浦直樹さんがいいキャラを出していたと感じました。

 残念だったのは沢尻エリカさんで,メガネが似合ってないのはご愛敬としても,ヘンなイントネーションの関西弁は許せません。映画の舞台が関東であり,東京出身の沢尻エリカさんに無理やり関西弁をしゃべらせる必然性はなく,これは失敗だったと思います。ということで,犯罪加害者の家族にスポットを当てるという,非常にマジメで好感のもてるテーマでしたが,映画の完成度はイマイチと感じました。

 映画の話題に脱線してしまいましたが,いずれにしても,何でもかんでも実名報道しないと気がすまないマスコミにはウンザリです。たとえば新聞の投書欄なんかも実名公表でないと原則として受け付けてくれないみたいです(朝日の場合)。新聞の投書欄は,今やネットで簡単に投稿できるようになったため,世の中への突っ込みネタがいっぱいある僕としては,一度は新聞に投稿してみたいものですが,忙しくてそんな時間がないのと,やはり実名公表がネックで投稿する気にはなりませんね。

過去の関連記事:
  実名報道の疑問(2005年11月27日)
  新聞の投書欄(2006年1月4日)
  名前(2006年9月15日)
  実名か匿名か(2007年8月27日)

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コメント

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提言 2011年10月30日

刑事訴訟法37条の2により、国選弁護人の選任請求のできない事件の被疑者の実名は、2審決定まで、報道してはいけない。
マスメディアにいったん報道されると、誤った情報でも、社会はそれを「事実・真実」と受けとめてしまう。また、マスコミの記事の内容は、法的用語と異なるものが多々あり、読者に誤解を許している。

報道においては、名前、住所、年齢、職業、ときにより、生い立ち、学歴、家族構成、などのプライバシーが報道される。

無実・有実に関係なく、「容疑者」として名前を報道された時点で、本人だけでなく、家族までも大きな被害を受ける。転居・転職・転校や、本人、親が自殺に追い込まれることもめずらしくはない。

警察に逮捕され、マスコミの掲載されるものされないものは、事件の重要性ではなく、往々にして、紙面スペースの関係により、ある重大な事件は報道されず、ある軽微な事件は報道されるということもおこる。

報道により、法定刑の軽微な事件についても、実質的に報道された人の社会的生命を奪う「死刑」となり、いつまでも続く「無期懲役」刑となっていることは刑事罰とのバランスがとれない。

また、このような、過大な損害を刑罰ではなく、マスコミが被疑者に与え、不当にも社会復帰をいちじるしく妨げている。社会復帰しようとしても、なかなか職を得 られないこともめずらしくはない。このことは、裁判に基づかない社会的制裁権限をマスコミが持つという異常な構造となっている。 基本的人権は大切に守られなければならない。
よって、 刑事訴訟法37条の2により、国選弁護人の選任請求のできない事件の被疑者の実名は、2審決定まで、報道してはいけない。という旨を提言する。

法定刑が死刑又は無期若しくは長期3年を越える懲役若しくは禁錮に当たる事件(第1段階の重大事件のほか,窃盗,傷害,業務上過失致死,詐欺,恐喝など)について、被疑者に対して勾留状が発せられている場合で、被疑者が貧困その他の事由により私選弁護人を選任することができないときは、裁判官に対し、国選弁護人の選任の請求をすることができる(刑事訴訟法37条の2)。

投稿: 報道判決 | 2012年1月26日 (木) 11時47分

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