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2006年12月18日 (月)

異なる評決

 裁判員制度の導入を柱とする司法制度改革タウンミーティングでも「やらせ質問」があったとされていますが,ご丁寧にも,「やらせ質問者」は会場の座席が指定されていたそうで,その隣が「同行者席」になっていて,質問を頼んだ法務省関係者が「同行者」として座っていたと報じられています。そして,質問内容があらかじめ決められていたため,いかにもありそうな,要領を得た質問が次々と出ていたそうです。

 もし僕がタウンミーティングに参加していたら,「人間なんて独断と偏見の固まり。意識的に自分の信条に基づく評決を出したとしても,それを責められることはないですね?」みたいな,ちょっとイジワルな質問をしてみたかったです。

 ところで,15日の新聞に出ていた記事によると,全国の地裁で,裁判員制度の予行演習のための「模擬裁判」が行われているそうですが,同じ事件でも異なる評決が出ることがあり,この制度の難しさが現われているとか。たとえば,ある傷害事件の模擬裁判を東京地裁で実施したところ,裁判官3人全員と裁判員6人のうち4人が「有罪」の判断で,2人の裁判員は「無罪」の判断。その結果,多数決で懲役6年の有罪判決。一方,同じ設定で実施した千葉地裁の模擬裁判では,裁判官3人が「有罪」で,裁判員6人全員が「無罪」の判断となり,この結果,判決は無罪。

 裁判官の判断が全員一致しているのに対して,裁判員の判断はバラバラ。こういう結果を見ると,やはり素人が評決に加わる裁判員制度って無理があるのでは? と思わせます。僕も,以前だったらそう感じたでしょう。でも,これがほんの一例とはいえ,素人だったら疑わしいと感じても,裁判官は全員そうは思わないというのは,ある意味では恐ろしいことだと感じるようになりました。痴漢の冤罪事件について最近の記事に書いたとおり,裁判官って「刑事事件は基本的に有罪」という意識が頭の中にインプットされているのではないかと疑います。

 冤罪事件で有罪の判決が出る例があることを考えると,逆に素人の方が公正中立に判断できて冤罪を救えるという可能性もあり,裁判員制度というのはやはり必要かなと感じています。でも,上の例は模擬裁判だからこそ食い違っているという可能性もあります。ホンモノの裁判では裁判官が裁判員の判断を誘導する危険性があり,また,素人の裁判員にプロの裁判官の判断と食い違った判断を出す「勇気」がホントにあるのかというのも疑問。一歩間違えば,この制度は形骸化してしまうのかも知れません。

 過去の関連記事:
   裁判員制度(2006年5月11日)
   お父さんはやってない(2006年12月8日)

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