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2006年3月28日 (火)

延命治療

 富山県の病院で,延命措置中止により入院患者が死亡した問題。県警は殺人容疑での立件も視野に入れて調べているとか。この手の「事件」が起こるたびに,尊厳死・安楽死の問題,延命治療の是非など,色んなことを考えさせられます。

 特に,延命措置を取り外すかどうかでいつも問題になるのが,本人や家族の意思があったかどうかという点。そもそも,本人の意思確認は健康な時に意思表示されていた場合を除いて基本的に不可能。だからといって家族の意思が尊重されるっていうのもヘンだと思う。人間に生きる権利があるように,場合によっては「死ぬ権利」も保障されていいと思いますが,それはあくまで本人が決めること。家族を含めて周囲には決定権は無いと思いますよ。極端な話,たとえば目の前で自殺を図ろうとしている人がいた場合,止めてもいいのかどうか?・・・その人は生きるのが苦しくて「死」を選んだわけだし,止めたことによって本人の「生きる苦しみ」が続くとしても,自殺を止めた人には責任は取れない。なので,自殺する人は絶対人に気づかれないように実行して下さいね。でもまあ,家族や知人だったら自殺を止めるのは自然だし,これ難しい問題です。

 ところで,患者本人は延命治療を望むものなのかどうか。僕は「世論調査否定派」なんですが,こういう時に役に立つのは世論調査。たとえばこちら↓の資料に書かれてます。
http://www.ndl.go.jp/jp/data/publication/issue/0472.pdf

 この資料によると,「2003年に厚生労働省が実施した意識調査」の結果,自分が痛みを伴う末期状態の患者になった場合,「単なる延命治療」について,「やめたほうがよい」と「やめるべきである」を合わせると74%。そして,「単なる延命治療」を中止した場合の取るべき方法に対しては,「苦痛を和らげることに重点をおく」と「積極的安楽死を行う方法」を合わせると,一般国民は73%,医師の意思(ギャグじゃないです)では85%。つまり,国民が医療に期待しているのは「延命治療」ではなく「苦痛を和らげる」であり,まさにその点では患者も医師も意見は一致してるってことです。

 ということは,延命治療こそ「本人の意思」確認時のみ実施するべきであり,意思確認できない場合は「延命治療せず」とすべきでは? 昔は存在しなかった「延命治療」により生き続けている患者。それに対して中止するかを家族に決めさせるのは酷だし,それを中止したからといって医師を殺人罪に問うというのも無理があると思います。延命治療にかかる費用は高額という話もあるので,この際「延命治療は本人希望時のみ」という制度に見直すべきだと思いますね。

 なお,出張のため明日のブログは「お休み」です。

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