2017年11月13日 (月)

軍艦島へ行ってきた

 長崎県の軍艦島(端島)は「廃墟好き」の僕としては絶対に外せないスポット。念願叶って10月に行ってきたので,簡単にまとめておきます。

 軍艦島(端島)は,海底炭鉱によって栄えた人工島で,1974年の閉山により現在は無人島となり,朽ち果てた建造物が今も残る廃墟の島。2009年から観光客が上陸&見学できるようになり,現在は4社ほどが毎日上陸ツアーを実施しています。2015年に登録された世界文化遺産「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼,造船,石炭産業」の構成遺産にもなっています。

 日本で最初と言われる高層アパートなど,建造物としては当時の最先端を誇っていたと言われる軍艦島ですが,過酷な炭鉱労働以上に,島での居住環境もかなり劣悪だったらしいです。特に,真水の入手とトイレの問題が深刻だったみたいで,汚水が廃棄された海で子供が海水浴をするなど,衛生状態もかなり悪かったとか。また,強風の日にトイレで用を足すと,下の階から上の階のトイレへ汚物が舞い上がってきたという逸話もあります。

 さて,軍艦島へは長崎市から船で片道約40分。目の前に現われたホンモノの軍艦島を間近に見るのは感動。突然別世界へやってきたような感覚です。有名な観光スポットへ行っても「あ,写真で見たとおりやね」というだけの感想しか浮かばない場所もけっこう多いけど,ホンモノの迫力に圧倒される観光スポットも多くあり,軍艦島はその中の一つだと思います。

 下の写真の向きから見ると最も「軍艦」らしく見えるそうです。カラーなのにモノクロ写真を見ているような コンクリートの廃墟。

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 さらに近づき,上陸前には海上から島内を見ることができます。下の写真は海上からの風景。

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 なお,島の桟橋に停泊できるのは1隻のみで,いくつもの会社がツアーを実施している関係で,上陸できる時間は40分程度と短いですが,上陸後に歩けるルートは片道200m程度の柵で囲まれた範囲内のみなので,40分でも十分堪能できます。見学ルートはこんな風に整備されています↓

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 本来なら,時間&範囲無制限で島内を自由に探検したいところですが,まあ,安全上の問題があり,それは無理ということでしょう。

 上陸後の島内風景を何枚かアップしておきます↓

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 なお,島内にはトイレがなく,傘の使用が禁止。したがって,雨天時はカッパなどが必要(船内でも販売しているみたい)。雨天に備えてカメラは防水タイプを持参することをお勧めします。なお,携帯の電波は届いていたので,万一島内に取り残されて遭難しても,救助要請はできそうです(笑)

 この日は,コンクリート学会の関係者が島内を調査していたらしい。こんな風に廃ビルの屋上に上がれるなんて,超うらやましい。

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 この長時間滞在している人たち,トイレをどうしているのか,ちょっと気になりましたが。

 なお,ツアー参加者は老若男女さまざま。若い女性も意外と多かったです。また,どこかの高校の団体もいました(修学旅行か遠足かは不明)。高校生が軍艦島ツアーってめっちゃ渋いやん! と思いましたが,ひょっとしたら先生の好みで来ているのかも知れませんね。

 さて,このツアー,悪天候で上陸できないことがけっこうあるみたいで,それに備えて,また,複数のツアーを比較してみたかったこともあり,2日続きで別のツアーに参加しました。ということで,今回参加したツアーを簡単に紹介しておきます。

1.軍艦島クルーズ(運営会社:軍艦島クルーズ株式会社)
  http://www.gunkanjima-cruise.jp/

 このツアーの最大の特徴は,クルーズ船の2階がオープンデッキになっていることでしょう。軍艦島の外側を周遊する時の眺めが抜群にいいです。

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 もう一つの特徴は,高島港に立ち寄って,石炭資料館が見学できること。ここに軍艦島のジオラマがあり,ガイドさんが簡単な説明をしてくれます。

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 でもまあ,この高島港立ち寄りは,どちらかといえば「トイレ休憩」的な意味合いが大きいような気がしました。
 なお,船内でのガイド音声は,船のエンジン音の関係でちょっと聞き取りにくかったです。

2.軍艦島コンシェルジュ(運営会社:株式会社ユニバーサルワーカーズ)
  http://www.gunkanjima-concierge.com/

 船内ガイド音声は聞き取りやすく,動画による紹介ビデオがあり,座席のクオリティーも高い立派な船でした。船内からの眺めは「軍艦島クルーズ」よりは多少劣りますが,周遊時間は十分あるので,海上からの風景は十分堪能できます。

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 なお,このツアーに参加すると,この会社が運営している長崎市の「軍艦島デジタルミュージアム」の入館料金が半額になるサービスがあります。乗船前または乗船後に,当日なら何度でも入場できます。

 ミュージアムのサイトはこちら↓
http://gdm.nagasaki.jp/

 このミュージアムはなかなか良かったです。僕はツアー前とツアー後にたっぷりと見てしまいました。

 軍艦島への上陸が可能となってから年月が経過しているため,各ツアーともかなり洗練されていて,また,ガイドさんの話がとても上手で個性があり,聞いていて飽きさせない。どちらのツアーも甲乙付けがたく,満足度の高いツアーだったと言えます。

 ただ,サービス精神が旺盛で話が盛りだくさんすぎる感あり,島内でのガイド時間はもう少し削って自由散策時間を増やして欲しかったかな という気がしています。

 なお,これ以外にも2社ほどが軍艦島ツアーを実施しています。また行く機会があれば,別のツアーにも参加してみようかと思います。

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2017年8月26日 (土)

京阪プレミアムカーに乗ってみた

 ひさしぶりのブログ更新です。

 最近は主にツイッターでつぶやいています。(ID:@kaba1413 「かば」)
 ツイッターは短文で簡単につぶやけるので楽ちんですが,どうしても140文字で書ききれない時はブログに書くようにします。文字数制限なしに好き勝手につぶやけるブログはやはり便利。

 ということで,今回は,最近の関西地区鉄道で話題となった京阪電車プレミアムカーに乗ってみたので,その感想などを。

 といっても,関西地区以外の人は「なんじゃそりゃ?」だと思うので,簡単に補足すると,関西圏の鉄道網のうち,京都(市)~大阪(市)間をつなぐ鉄道は,JR・阪急・京阪の3社が競合していて競争も激しく,それぞれに特徴があります。スピードならJRの新快速,車両のクオリティなら京阪特急が一歩リードか。そんな京阪電車の特急に,最近有料の全席指定のプレミアムカーが運行を開始しました。京都市~大阪市というのは,首都圏で言えば東京駅から大船あたりまでの距離で,もちろん通勤/通学圏内。有料の指定席に乗るほどではない距離と言えるでしょう。現に,これまで,この区間の通勤用電車(JR/阪急/京阪)には有料電車も指定席車もなく,普通運賃のみでそれなりの速度とハイクオリティの座席(転換式クロスシートは当たり前)が提供されてきた経緯があります。ちなみに,このプレミアムカーの座席指定料金は,京都~大阪間で500円。普通運賃よりちょっと高い金額です。

 こちらが,その京阪プレミアムカーの紹介サイト↓
https://www.keihan.co.jp/traffic/premiumcar/about/

 前置きが長くなったけど,それでは体験記。

 概ね10分ごとに運行される特急に,1編成あたり1両のプレミアムカーが連結されます。ただし,対象は8000系車両だけで,全特急列車のうち,だいたい3分の2程度が対象か。

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【8000系特急の先頭車両】

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【真っ赤な車両が目印のプレミアムカー】

 で,通勤時間帯以外の平日午後に乗ってみました。平日昼間ということで,どの列車も空席あり。でも,乗ってみると,座席は8割程度の埋まり具合で,平日昼間にしては まずまずか。通勤時間帯の利用状況は興味あるところですが,不明です。

 では,最も興味のある座席クオリティについて。
 「片側二人掛け+片側一人掛け」の3列シートで,座席の前後間隔も幅も,一般席よりは広い。もちろんリクライニング可能で,テーブル・カップホルダー・小物入れ・ACコンセント付き,フリーWi-Fiあり。
 超ざっくりの感覚で,JR特急の普通車やJR東の普通列車グリーン席よりは良くて,JR特急のグリーン席に近いクオリティ。ただし,リクライニング角度は特急グリーン席ほど大きくなく,シート幅はグリーン席ほど広くない気がします(少なくとも,新幹線のグリーン席よりは間違いなく狭い)。

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 僕としては,窓の高さをもう少し下げ,車窓から地面側をもう少し見えるようにした方が,開放感があるような気がしました。

 通勤電車だけど,この車両ならビールを飲むのが許される雰囲気。ただし,JRと違ってトイレはないので,飲み過ぎないように!

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【座席でビールを飲むおばちゃん】

 さて,座席指定券の購入システムについて。
 基本はPCやスマホでネット購入。2回までは手数料無料で変更もできます。駅の窓口(有人)や車内での購入も可能ですが(ホームでの購入は不可),やはりネット購入(チケットレス)が便利。乗車時はスマホの購入履歴画面を表示できるようにしておく必要があるらしいけど,車内検札があるわけでもないので,座席のダブルブッキングなどのトラブルでも無い限りはスマホを見せる必要はありません。

 プレミアム車両にはアテンダントなる乗務員が乗車していて,端末画面を見ながら購入済み以外の座席に座っている人がいないかをチェックしているようです。指定席なので検札レスは当然ですよね。指定席なのに車内検札するJR東海の新幹線は,意味わかりません。(JR東海はいまだに車内検札をやっている?)
 JR東の普通列車グリーン席だと,自由席ですら,Suica購入だと車内検札不要となるシステムを導入しているのに。

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【端末で座席確認中のアテンダント】

 アテンダントの仕事は,指定席券の販売と不正着席者のチェックだけだと思えるけど,たった500円の指定席券のために人を雇ってペイするのか,経営者でなくても気になるところ。何らかの方法で自動化してアテンダント不要にすればいいのにと思います。もっとも,アテンダントに運転士や車掌のような専門スキルは要らないと思うので,失礼ながら人件費は安そうですが。

 ところで,僕は座席位置へのこだわりが強くて,電車の座席の場合は,まずは揺れの少ない車両中央付近を選びます。そしてクロスシートの場合は,窓柱が車窓前方の視界を遮らないよう,窓柱が自分の真横にあるポジションがベスト。新幹線の場合は各席に窓柱があるので関係ないけど,在来線特急などは2席ごとに窓柱がある車両が多く,奇数番席と偶数番席とでは,窓柱の有無によって車窓からの視界(開放感)が大きく異なります。

 ただ,座席位置を見ながら指定席を選べるシステムでも,窓柱の位置は明示されていないのが普通。ところが,この京阪プレミアムカーは,座席と窓柱の位置関係がわかる見取り図が公開されているので便利です。下記サイトの中ほど「座席のご案内」の絵でわかります↓

https://www.keihan.co.jp/traffic/premiumcar/about/

 ただ,ここには車両の進行方向が明示されていないのが手落ちで残念。
(ちなみに,図の右側が大阪方面,左側が京都方面です)

 ということで,僕としてのベストポジションは,「大阪方面へ行く場合は8列席(一人掛けだと8C席)」「京都方面へ行く場合は7列席(一人掛けだと7C席)」ということになります。

 最後に,プレミアムカーに対する僕なりの総合評価を。

 京阪電車で京都から大阪へ行く時に,予定が決まっていて時間的余裕もあり,乗車時刻があらかじめ決められる時なら,500円だったら利用してもいいかなーと感じます。もし毎日通勤に利用していたと仮定すると,朝の出勤時の眠い時とかだったら,絶対に座って眠れるなら500円払ってもいいかなと思います。

 この手の「通勤型列車のプレミアム席」については,この京阪電車のような指定席タイプがいいか,JR東の普通列車グリーン席のような自由席タイプがいいかは意見が分かれるところでしょう。

 JR東の普通列車グリーン席の場合,「座席を確保するためには結局ホームで並ぶ必要がある」「始発駅以外から乗ると特別料金を払ったのに座れないことがある」「座れてから車内で購入すると割高」という理不尽さがあるのでイマイチ。もっとも,三つ目の問題についてはモバイルSuicaを使えば解消できますが。ということで,僕としては京阪のような指定席タイプに軍配が上がると思います。

 ただ,指定席方式は「来た電車に待たずにすぐ乗る」ことができない欠点があり,朝の出勤時のように毎日決まった電車に乗るような場合には便利かも知れませんが,帰宅時刻が変動する通勤客などには不便かも知れません。このため,もっと素早く簡単に指定席券が購入できる手段があればいいなと思います。たとえば,好みのベスポジ席をいくつか登録できるようにしておき,いちいち席を指定しなくても自動で割り当てられるようにしてワンタッチで即座に予約できるようにするとか。

 余談ですが,主に東海道線の豊橋~姫路あたりの区間で,JR東海やJR西の「新快速」と呼ばれる中距離列車は,スピードだけでなく座席のクオリティも高く,転換式クロスシートは当たり前。ところが,JR東の普通列車グリーン車を連結している区間では,西日本では当たり前の「普通車の転換式クロスシート」はありません。グリーン車との座席格差を付けるために普通座席のクオリティを意識的に落としているとしか思えません。この「東西格差」は,首都圏の人にとってはちょっと理不尽のような気もしています。

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2016年6月18日 (土)

選挙公約は守って!

 所属モデルを強引にアダルトビデオの撮影現場に派遣したとして,芸能プロダクションの社長らが労働者派遣法違反容疑で逮捕されたというニュースがありました。モデルと会社との契約書に「アダルトビデオへの出演を含む」といったことが目立たないように記載されていて,女性が撮影を拒否すると「違約金が発生する」などと言って強引に出演させたとか。

 こんな悪質なケースでも,契約書に書かれていたら断るのは難しいということです。ネットでダウンロードする時の同意書などの場合は,ろくに読まずにクリック(同意)してしまう人が多いと思いますが(面倒なので僕もほとんど読みません),雇用に関する契約書などは一字一句きちんと読み(「恋愛禁止」と書かれている可能性もあるかも),控えを所持しておくぐらいの慎重さが必要だと思いますよ。

 さて本題。政治家が選挙で当選した時に,雇用契約を結ぶ相手は国や地方公共団体になるのかと思いますが,その政治家の採用を決めたのは有権者。つまり,その政治家なり政党に投票した人が採用を認めたわけで,選挙公約に書かれた内容は有権者との契約事項であり,選挙公約というのは雇用契約に匹敵する重要文書です。

 したがって,当然のことながら,政治家が選挙公約を守るのは当然の義務であり,公約を守らないのは有権者への背任行為。ところが残念なことに,たとえ選挙公約を守らない政治家がいたとしても「違法ではないが不適切」という程度の桝添さん状態。ここはぜひ公職選挙法を改正して,公約を守らない議員は失職するなり刑事罰を受けるなりして欲しいぐらいです。

 たとえば,最近話題になった消費増税延期について。前回総選挙時の自民党のマニフェストには「2017年4月に消費税を10%に引き上げる」と明言しています。「リーマンショック級の・・・」のような条件も何も付いていません。したがって,これを守らないのは重大な公約違反となります。増税する場合の前提条件を付けるなり,「原則として」のような便利な文言を入れておけば問題になることはなかったのにと思います。この選挙公約の文面を考えた人は,ほんとドジです。

 それはともかく,「公約を守る」ということに関して重要なのは,「その政治家が当選した時点の選挙公約に従う」ということ。これは当然のことだとは思いますが,この当たり前のことを全然わかっていない政治家が多い。自分の個人的考えや党議拘束内容が選挙公約と異なる場合には,まずは有権者との契約である選挙公約(自分が当選した時の選挙公約)に従うのが大原則です。

 一例を上げると,昨年成立した安保法(集団的自衛権の容認)について。以前のブログでも書いたように,2014年総選挙時の与党のマニフェストに「閣議決定に基づいて安全保障法制を整備する」と書かれており,甚だ不親切で手抜きの記載であるものの,形式上は書かれており,2014年総選挙で当選した与党の衆議院議員はこの安保法に賛成してもぎりぎり「公約どおり」と言えるでしょう。

 一方,その閣議決定以前に当選した与党の参議院議員は,選挙時の公約には集団的自衛権の容認の話は無かったにもかかわらず,その後に突然出てきた本法案に賛成したわけで,与党の参議院議員は全員,公約違反を犯したと断定できます。本来なら,この安保法は,参議院選挙の公約に載せてから2回の参議院議員選挙を経て,最大で6年間かけて成立させるべき法律です。もちろん,参議院で否決してから衆議院の3分の2以上の賛成で再可決するなら,それはそれでOKですが。

 そもそも参議院は,衆議院のような解散がなく,3年ごとに半数ずつ改選することにより,政治を「緩やかに」変化させるものであり,それが二院制の本来の趣旨であるということを義務教育でも教わりました。参議院議員が「当選した時の選挙公約を逸脱しない行動を取る」というだけで,この「緩やかな変化」は容易に実現できるはずなのに,肝心の議員はこれを全然理解しておらず,その時点の党の方針に従っているだけで,その結果,参議院は衆議院のコピーとなってしまっているのが現実。「参議院不要論」が出るのを許しているは,参議院議員自身の問題なんです。

 さて,今夏の参議院選挙で,自民党は「改憲勢力3分の2の確保」を目指しているように報じられていますが,先日のブログにも書いたように,治安維持法の再来となる可能性がある「表現の自由への制限追加」や,ヒトラー政権時代の全権委任法と同様のことが可能となる「緊急事態条項の追加」など,自民党が2012年に策定した憲法改正草案は,とても恐ろしい改正案と認識しています。

 それでも,この改正草案をきちんと公約に載せてもらった上で,選挙の結果として最終的に改憲可能な国会勢力を確保したなら,それはそれで民意であり(現行の選挙制度や定数配分が憲法違反であることはさておき),堂々と憲法改正を発議してもらえばいいでしょう。

 で,この憲法改正に関して,自民党が過去の公約や今夏の参院選の公約にどのように記載してきたのか,確認してみましょう。

1.2010年(H22年)参議院議員選挙(今年の改選予定参議院議員の前回選挙)
 新憲法案の概要が記載されていますが,2012年の草案に比べるとおとなしい内容。天皇の元首化や緊急事態条項の記載などはありません。

2.2012年(H24年)衆議院議員選挙(2014年に解散済み)
 2012年の憲法改正草案に準拠して,その概要が記載されています。

3.2013年(H25年)参議院議員選挙(今年の非改選参議院議員)
 同様に,2012年の憲法改正草案に準拠して概要が記載されています。それにしても,「憲法を国民の手に取り戻します」のキャッチフレーズはまったく意味不明。今の憲法は誰の手に渡っていると言いたいの? 今の憲法が正規の手続きによるものでないと言いたいのなら,堂々と「今の憲法は無効」として大日本帝国憲法に戻すことを主張すればいい。

4.2014年(H26年)衆議院議員選挙(現職の衆議院議員)
 憲法改正を目指すことしか記載されておらず,内容については何も書いていません。2012年に自民党が策定した草案を参照もしていない。2012年の草案は引っ込めたようにも読めます。それにしても,話は変わるけど,TPPに関して選挙公約に何も書いていなかったのには驚き。

5.2016年(H28年)参議院議員選挙(今年の改選予定参議院議員)
 同様に,憲法改正を目指すことは書かれているものの,具体的な改正内容の記載はありません。

 要するに,憲法改正草案を策定した直後の2回の選挙ではその草案を公約に載せているものの,その後は具体的な記載を引っ込めており,これでは公約とは言えません。今年の参院選挙は改憲が争点の一つであるかのように言う人がいるけど,まったくのピント外れ。自民党は具体案を公約に載せていないのだから,まったく争点にはなっていません。

 つまり,2014年に選ばれた現在の衆議院議員は,選挙公約に憲法改正内容が何も記載されていなかったので,具体的な改正案を発議することは許されません。安倍総理自身でさえ,具体的な改正案を出したりそれに賛成したりするのは公約違反ということになります。また,今年の参議院選挙で当選する人も同じです。与党が「改憲勢力3分の2の確保」を目指すのは勝手だけど,あの草案を発議したり草案に賛成したりできるのは,それをきちんと公約に載せた上で当選した議員(=2013年当選の参議院議員)だけです。

 自民党は過半数の議席を持つ最大勢力与党であり,やりたいことがほぼ何でもできる立場ですが,議員個人の考えやその時点での党議拘束よりも,自分が当選した時点の選挙公約を事務的・機械的に忠実に守るように,ぜひお願いしたいものです。

 当選した議員が選挙公約に縛られるという点は,もちろん野党議員も同じ。多数政党でないと実現できない項目は多々あるとしても,公約どおりの法案提出や予算提出などを真面目にやっているのかは大いに疑問です。もっとも,民主党(民進党)の選挙公約なんか読む気もしないので,僕は一度も読んでいませんが。

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2016年5月16日 (月)

日本国憲法改正草案(後編)

 前回の続き(最終回)です。自民党が2012年に発表した「日本国憲法改正草案」の主な改正点と僕のコメントです。改正箇所(青文字部)は要点のみを記載し,条文は必要に応じて簡略化したり表現を置き換えたりして記載していますので,ご了承下さい。草案の詳細はこちら↓
https://www.jimin.jp/policy/policy_topics/pdf/seisaku-109.pdf

第79条-第2項:最高裁判所の裁判官の国民審査規定を「法律の定めるところにより国民の審査を受ける」に簡略化。
→憲法としてはこれでもいいけど,現行の国民審査の「空白/× 方式」は,審査として正常に機能しておらず,はっきり言って憲法違反。この際なので,「裁判官ごとに信任・不信任・棄権を選べる方式とすること」のように明確に記載して欲しい!

第79条-第5項:最高裁判所の裁判官の報酬が在任中は減額できない規定に対し,「分限・懲戒・一般公務員の例の場合 を除く」を追加。
→裁判官だけ特別扱いする必要はないと思うので,賛成。

第80条-第1項:下級裁判所の裁判官の任期について,「10年」を「法律で定める任期」に変更。

第80条-第2項:下級裁判所の裁判官の報酬が在任中は減額できない規定に対し,「最高裁判所の裁判官の報酬規定を準用する」と変更。
→裁判官だけ特別扱いする必要はないと思うので,賛成。

第81条:「最高裁判所は一切の法律等が憲法に適合するかしないかを決定する権限を有する」(現行どおり)
→と言いながら,裁判所は法律等の違憲審査請求だけでは審査してくれず,具体的な被害を被った上で民事訴訟などを起こさない限り,違憲かどうかの判断はやってくれません。これはこれで裁判所の怠慢であり憲法不遵守だと思います。この際なので,「違憲訴訟があれば裁判所はその法律等の適合性を審査する義務がある」のように明確に憲法に規定して欲しい。

第83条-第2項:「財政の健全性は確保されなければならない」を追加。

第86条-第2項~第4項:「内閣は会計年度中に補正予算案を提出できる」「当該会計年度開始前に予算案の議決を得られる見込みがない時は,内閣は暫定予算案を提出しなければならない」「会計年度の予算は,国会の議決を経て翌年度以降も支出できる」を追加。

第89条:宗教活動への公金支出の禁止に関し,第20条-第3項にある「社会的儀礼又は習俗的行為」の場合は可能とするように変更。
→第20条-第3項のコメントと同じ。「社会的儀礼又は習俗的行為」の定義が曖昧であり,歯止めがなくなりそうでコワいです。

第89条-第2項:「公金は,国や地方公共団体などの監督が及ばない事業に支出できない」を追加。

第90条:国の収支決算について,「内閣は国会に提出」を「内閣は両議員に提出して承認を受ける」に変更。

第90条-第3項:「内閣は,会計検査報告の内容を予算に反映させて国会に報告」を追加。

第92条:「地方自治は,住民参加を基本とし,住民に身近な行政を総合的に実施する」および「住民は,地方自治体の役務を受ける権利と費用負担の義務を負う」を追加。

第93条:「地方自治体の種類は法律で定める」を追加。

第93条-第3項:「国と地方自治体は協力しなければならない」および「地方自治体は相互に協力しなければならない」を追加。

第94条-第2項:地方自治体の参政権対象者に「日本国籍を有する者」を追加。

第96条:「地方自治体の経費は自主的な財源を充てることを基本とする」「自主的な財源だけで不足の場合は,国は必要な財政上の措置を講じる」および「第83条-第2項(財政の健全性)は地方自治にも準用する」を追加。

第97条:地方自治特別法について,「特定の地方公共団体の組織・運営・権能について他の自治体と異なる定めをし,または特定の自治体の住民にのみ義務を課し権利を制限する特別法」と追記。

第98条:「緊急事態の宣言」について追加。要点は下記。
(1)内閣総理大臣は,外部からの武力攻撃・内乱等による社会秩序の混乱,大規模な自然災害,その他法律で定める緊急事態において,閣議にかけて緊急事態の宣言を発することができる。
(2)緊急事態の宣言は,事前または事後に国会の承認が必要。
(3)国会の不承認,国会による解除宣言の議決,および宣言が必要なくなった時に,閣議にかけて緊急事態の宣言を解除する。また,100日を超えて緊急事態宣言を継続する時は,100日を超えるごとに事前に国会の承認が必要。
(4)国会承認等に関して衆議院と参議院で異なった議決がされた場合や衆議院が議決して5日以内に参議院が議決しなかった時は,衆議院の議決が有効。

第99条:「緊急事態宣言の効果」について追加。要点は下記。
(1)内閣は法律と同一の効力を持つ政令が制定でき,財政上必要な支出や地方自治体へ必要な指示が可能。
(2)この政令と財政処分については,事後に国会の承認が必要。
(3)緊急事態宣言が発せられた場合,国民は国や公の機関の指示に従わなければならない。この場合でも,この憲法の基本的人権に関する規定は最大限に尊重されなければならない。
(4)緊急事態宣言が発せられている間は衆議院は解散されない。両議員の任期は特例を設けることができる。

→第98~99条の緊急事態条項は,かのヒトラー政権の「全権委任法」とまったく同様に,内閣による無制限立法が可能となり,これは「完全にアウト!」です。その気になれば,衆議院で過半数の議席を獲得した与党が何でもできてしまう。「3分の2」とかでなく過半数! しかも,衆議院が優先なので参議院での与党議席が半数以下でもできてしまう。
 たとえば,衆議院で過半数議席を獲得した与党で構成された内閣が,国内でテロとか大規模災害があった時に,内閣だけの判断で緊急事態を宣言できる。事前にせよ事後にせよ,与党は承認するでしょう(衆議院に優先権があるので参議院は否決でもいい)。100日を超えて継続する場合も同様。この宣言により法律と同じ効力を持つ政令が内閣単独でできるので,たとえば内閣の判断だけで法律が自由に制定できるような政令を作ってしまえば,それによって成立した法律自体は「法律」になってしまうため,緊急事態宣言が解除されたとしてもその規則は「法律」として有効。野党議員の議員資格剥奪なんかも簡単にできてしまいます。
 なお,憲法も当然法律の一つなので,緊急事態宣言時には憲法と同一の効力を持つ政令を出すことも可能なはず。第101条に「憲法に反する法律や政令は無効」とあるものの,緊急事態における「法律と同一の効力を持つ政令が制定可能」の方が優先すると解釈できます。これは,第99条にあえて「基本的人権に関する規定は最大限に尊重」と書かれていることからもわかります(憲法と同一効力の政令が不可なら,これを書く必要がないので)。なお,「基本的人権に関する規定は最大限に尊重」と書いてあるものの,あくまで「尊重」であり義務ではありません。
 そもそも,地下鉄サリン事件のような大規模テロや,阪神淡路大震災の時も東日本大震災の時も,既にある法律で十分対応できており,政府による緊急的立法行為が必要だったという話は聞かないし,この条文の必要性が理解できません。緊急時に法律の制約でできなくて困ることがあるなら,それを事前に洗い出して法律に反映させておけばいいだけ。想像力が欠如しているためその洗い出しができないということなのでしょうか。
 ということで,この第98~99条は,与党の過半数議席獲得だけで与党の意のままに何でもできてしまう,とんでもない条文と言えます。野党はこんな不条理な条文には賛成できないでしょう。同様に,今の与党が野党になったら,こんな条文は許せないと感じるはず。この条文は,自分自身が野党になった時のことを想定できない「想像力欠如」であると感じます。
 さらに,第99条にある「緊急事態宣言が発せられた場合,国民は国や公の機関の指示に従わなければならない」という記載も強烈。緊急事態かどうかにかかわらず,国民が法律や政令に従わなければならないのは法的には当然であり,それはあえて憲法に記載する必要がありません。あえてここに記載しているのは「法律や政令になくても国や公の機関の指示には従わなければならない」という意味です。恐ろしすぎます。

第100条:憲法改正手続きについて,「各議員の総議員の3分の2以上の賛成で国会が発議し,国民投票で過半数の賛成が必要」を「各議院の総議員の過半数の賛成で国会が議決し,国民投票で有効投票の過半数の賛成が必要」に変更。
→そもそも,憲法に限らず,法律が頻繁に変わることによる不合理さというのがありますね。たとえば,選挙で国会勢力が変わるたびに,死刑制度が廃止されたり復活したりと繰り返されても困る・・・みたいな。その意味で,法律というのはある程度「変更しにくく」しておくことも理にかなっていると思います。で,通常の法律が「出席議員の過半数で成立」に対して,憲法については「各議院の総議員の過半数の賛成で国会が議決」,さらに国民投票を行うことによって「変更しにくく」なっており,僕としてはこの草案の条文でもいいのかなと思います。

現行の第97条:「基本的人権は・・・侵すことのできない永久の権利として信託」を削除

第102条:「天皇・大臣・国会議員・裁判官・その他公務員は,この憲法を尊重し擁護する義務を負う」を「すべて国民はこの憲法を尊重。大臣・国会議員・裁判官・その他公務員はこの憲法を擁護」に変更。
→「尊重する人」と「擁護する人」を使い分けているようですが,そもそも「尊重」も「擁護」も具体的に何を意味しているのか,よくわかりません。


 では,最後に,僕が特に気になった変更点をまとめると下記です。

(1)第9条の2-第3項の,集団的自衛権を違憲状態から合憲にするための憲法改正については,集団的自衛権が本当に必要なら改正すべきとは思いますが,結局集団的自衛権の必要性が全然明確になっていない。昨年政府が説明していた適用例は個別的自衛権で対応できるものばかりだったと記憶しており,集団的自衛権を合法化して何をどこまでやろうとしているのかはっきりせず,心配です。

(2)第21条第2項の「表現の自由」への制限の追加は,はっきり言って怖い。治安維持法の再来となる可能性があります。

(3)第24条の「家族は助け合わなければならない」という価値観の押しつけは勘弁して欲しい。

(4)第98~99条の緊急事態条項の追加は,ヒトラー政権時代の全権委任法と同じ道に進む危険性があり,絶対にダメ!

 ということで,この草案が自民党内の一部の人が「お遊び」で作った程度のものなら全然気にしませんが,正式に自民党の選挙公約に上がるのであれば,選挙で自民党に投票する勇気は僕にはありません。


関連ブログ:
 日本国憲法改正草案(前編)(2016年5月14日)
 日本国憲法改正草案(中編)(2016年5月15日)

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2016年5月15日 (日)

日本国憲法改正草案(中編)

 前回の続きです。自民党が2012年に発表した「日本国憲法改正草案」の主な改正点と僕のコメントです。改正箇所(青文字部)は要点のみを記載し,条文は必要に応じて簡略化したり表現を置き換えたりして記載していますので,ご了承下さい。草案の詳細はこちら↓
https://www.jimin.jp/policy/policy_topics/pdf/seisaku-109.pdf

第12条:憲法が保障する自由と権利について,「公共の福祉のために利用する責任を負う」を「公益及び公の秩序に反してはならない」に変更。

第14条:「法の下の平等」に「障害の有無によって差別されない」を追加。

第15条-第3項:参政権対象者に「日本国籍を有する者」を追加。

第18条:「奴隷的拘束を受けない」「その意に反する苦役に服させられない」等の表現を「社会的又は経済的関係において身体を拘束されない」に変更。

第19条の2:「個人情報の不当取得の禁止」を追加。

第20条-第3項:国や地方公共団体の宗教教育や宗教的活動の禁止に関して,「ただし,社会的儀礼又は習俗的行為の範囲を超えないものについては,この限りでない」を追加。
→「社会的儀礼又は習俗的行為」というのは,何をどこまで想定しているんでしょうか。閣僚や国会議員が「みんなで靖国神社に参拝」した時の玉串料を公費で負担できるようにでもしたいんでしょうか。改正案の意図はわからないけど,歯止めがなくなりそうで,ちょっと危険な感じがします。

第21条-第2項:「表現の自由」に「公益及び公の秩序を害することを目的とした活動や結社は認められない」を追記。
→前述の第12条の場合は「公共の福祉」を「公益及び公の秩序」に書き換えただけですが,この条文の場合は,「表現の自由」に対して「公益及び公の秩序を守る」を追加するもの。「この条文に敏感に反応し,拡大解釈を恐れて猛反発するのは一部勢力の人のみじゃん!」って考える人は,かの治安維持法をぜひ思い出して欲しいです。
 治安維持法は,条文を見る限り共産主義革命運動を取り締まるための法律であったことは明白。にもかかわらず,この法律は拡大解釈されて,宗教活動・右翼思想・自由主義運動など,政府批判となる活動はすべて弾圧の対象となっていったという暗い歴史があります。この草案の「公益及び公の秩序を害する」という表現は,治安維持法にあった「国体の変革または私有財産制度の否認」よりも遙かに広い範囲を指しており,治安維持法よりもさらに広い範囲の言論統制につながる可能性があるということであり,この草案は非常に危険と感じます。
【参考】治安維持法における処罰対象者(要点)
 国体の変革または私有財産制度の否認を目的として結社を組織した者(未遂を含む),これに加入した者,これの実行に関して協議した者,これの実行を煽動した者,これが目的で騒乱・暴行その他生命・身体または財産に害を加えるための犯罪を煽動した者,これが目的で金品その他の財産上の利益を供与またはその申込みもしくは約束をした者。

第21条の2:「国政上の行為に関する国の国民への説明義務」を追加。

第24条:「家族は,社会の基礎的な単位として尊重される。家族は,互いに助け合わなければならない」を追記。
→前半の「・・・尊重される」はいいとしても,後半の「家族は互いに助け合わなければならない」は,道徳的価値観の話であり,まったく余計なお世話。憲法に書くようなことではなく,古い価値観の押しつけであり,キモいです。親子や夫婦で喧嘩したら,憲法違反なんですか? たとえば家族のDVに苦しめられている人は,相手が家族であっても助け合う必要はありませんよ。

第24条第2項:「婚姻は両性の合意に基づいて成立」(現行どおり)
→この項は現行の憲法から変更はありませんが,あえてコメントします。
 婚姻については「両性の」と憲法に明確に記載されていたんですね。うっかりしていました。つまり,同性婚は現行の憲法で認められていないと解釈できます。この条文の「両性の合意」は「両者の合意」のようにぜひ改めて欲しい。たったそれだけでも,この草案の株は上がったと思うのに,残念です。まあ,選択的夫婦別姓や選択的同性婚すら認めようとしない政治家に,これを期待しても無理なんでしょう。

第25条の2:「国による環境保全の責務」を追加。

第25条の3:「国による在外国民の保護」を追加。

第25条の4:「国は犯罪被害者及びその家族の人権及び処遇に配慮」を追加。
→国が犯罪被害者の人権や処遇に配慮するのはいいとして,なぜ犯罪被害者だけを特別に憲法に記載する必要があるのか理解できません。それを言ったら,事故の被害者とか,えん罪の受刑者(=被害者)とか,キリがないのでは?

第26条-第3項:「国は教育環境の整備に努めなければならない」を追加。

第28条-第2項:勤労者の団結権・団体交渉権に関して,「公務員については権利の一部又は全部を制限可能。この場合は公務員の勤労条件の改善に必要な措置を講じる」を追加。
→「公務員は通常の労働者とは別扱い」という以前に,現在は,民間会社での団結権・団体交渉権などは実質的にほとんど機能していないように見えるし,さらに非正規労働者にはそんな権利は存在していないのが現実。コメントしようがありません。

第29条-第2項:財産権について,「公共の福祉に適合するように」を「公益及び公の秩序に適合するように」に変更。また,知的財産権について追加。

第44条:議員と選挙人の資格について,「障害の有無で差別してはならない」を追加。

第47条:議員の選挙について,「各選挙区は人口を基本とし,行政区画・地勢等を総合的に勘案して定める」を追加。
→この条文は,「各選挙区の定数配分は人口比が原則だが,行政区画や地勢等の制約によって,必ずしも人口比にならなくてもいい」と解釈でき,国政選挙のたびに議員定数に関する違憲判決が出ているという問題を回避するための条文であり,許せません。
 僕としては,「議員一人あたりの有権者数が最大の選挙区の0.9倍未満の選挙区については,その議員の当選を無効にする」ぐらいの条文を追加して欲しい(有権者数の多い選挙区でなく少ない選挙区を無効にするというところがミソ)。また,「定数配分は有権者数によって自動的に配分する計算方式を導入する」とか,「議員自身が自分の選挙制度や定数配分を決めてはならない」なども追加して欲しい。とにかく,今の選挙制度や定数配分は腐りきっています。

第52条-第2項:「通常国会の会期は法律で定める」を追加。

第53条:いずれかの議院の4分の1以上の議員の要求があった時に開催する臨時国会について,「要求から20日以内に召集」を追加。
→それよりも,現行の憲法で,臨時国会を召集するのがなぜ内閣でなければならないのか,イマイチ理解できません。第6条で「国会の召集は内閣の進言によって天皇が召集」となっており,その関係のようですが,三権分立なんだから,臨時国会は国会だけの判断で開催すればいいのにと思います。
 ところで,余談ですが,国会は「招集」でなく「召集」なんですね。「召集」は,兵役の召集と国会議員の召集にだけ使用し,それ以外で人を集める時は「招集」となるらしい。

第54条:「衆議院の解散は内閣総理大臣が決定する」を追加。
→何を今さら・・・と思って,現行の憲法をよく読んでみたら,なんと,内閣が衆議院の解散を決めることは,国会の項にも内閣の項にも書かれておらず,第7条の「天皇の国事行為」のところにのみ書かれており,この条文にある国事行為は「内閣の助言と承認によって天皇が実施」とあり,したがって,「衆議院の解散は内閣が行う」ということだったんですね。

第56条:「両議員は,各々その総議員の3分の1以上の出席がなければ,議事を開き議決することができない」を「両議員は,各々その総議員の3分の1以上の出席がなければ,議決することができない」に変更。
→要するに,「議決については現行どおり3分の1以上の出席が必要だが,議事を開くには出席議員数の制限はない」と読み取れます。変更の意図はわかりませんが,本当にそんなんでいいの?

第63条-第2項:大臣の国会への出席義務について,「職務の遂行上特に必要がある場合は不要」を追加。

第64条の2:「政党」に関する事項を追加。

第65条:「行政権は内閣に属する」に「この憲法に特別の定めのある場合を除き」を追加。

第65条-第2項:「大臣は文民でなければならない」を「大臣は現役の軍人であってはならない」に変更。
→現行憲法の「文民」の定義に諸説あり,「かつての軍人以外に自衛隊員も含むのか?」「退役した軍人は文民?」などがはっきりしていないため,それを明確化したものと解釈します。たとえば,2014年の都知事選に立候補して落選し,最近何かとお騒がせの,あの元軍人候補が大臣になりうるのかどうか ということ。それにしても,あの人が61万票も獲得って,東京の有権者 コワすぎ!
 それはともかく,「軍人」ということばがこの条文にだけ出てきますが,軍人というのは「国防軍に所属する職員全員」ということ? きちんと定義しておかないと結局またもめるのでは?

第70条-第2項:「内閣総理大臣が欠けた時,あらかじめ指定した国務大臣が臨時にその職務を行う」を追加。

第72条:内閣総理大臣の職務に「行政各部を指揮監督し総合調整を行う」と「最高指揮官として国防軍を統括する」を追加。
→「行政各部を指揮監督」に加えて,さらに「最高指揮官として国防軍を統括」を書いているということは,国防軍というのは「行政各部」に所属しない別組織ということなんでしょうか。よくわかりません。

第73条:内閣の職務に「法律案を作成」を追加。また,「政令には罰則を設けることができない」を「政令は,義務を課したり権利を制限したりはできない」に変更。
→第72条にも「内閣は議案を国会に提出し」とあり,内閣が法律案を作成するのは一向に構いませんが,法律を作るのはあくまで国会議員の仕事ですので,国会議員さん,お忘れないように!

 今回はここまで。次回で最終です。次回のメインは緊急事態条項など。

関連ブログ:
 日本国憲法改正草案(前編)(2016年5月14日)

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2016年5月14日 (土)

日本国憲法改正草案(前編)

 自民党が2012年に発表した「日本国憲法改正草案」。これまで,僕はこんな草案はまったく気にとめていませんでしたが,この夏の参院選の争点になるかもという噂があり,ちょっとだけ真剣に読んでみたので,主な改正点と気になった点などをコメントしておきたいと思います。ただし,僕の憲法に関する知識は,義務教育プラス理系大学の教養課程程度で,法律の専門家でもないし法律を専門的に学んだわけでもありません。あくまで一素人の感想ということでご了承下さい。

 なお,改正箇所(青文字部)は要点のみを記載し,条文は必要に応じて簡略化したり表現を置き換えたりして記載しています。草案の詳細はこちら↓
https://www.jimin.jp/policy/policy_topics/pdf/seisaku-109.pdf
 現行の日本国憲法との相違点がわかるように対照表の形式になっています。

前文:全面改定

第1条:天皇を「象徴」から「元首」に変更。
→ん? 明治憲法に逆戻り? とも思いましたが,そもそも現在の日本の「元首」って誰?・・・調べたところ,「天皇」「内閣総理大臣」「いない」など,いろんな説があるようで,対外的な実質的「元首」としての職務は,ケースに応じて天皇が行ったり内閣総理大臣が行ったりしているそうです。新たに「元首」を定義する必要があるのかはよくわかりません。ただ,実質的に政治的権能を有しない天皇を「元首」と呼ぶのにはちょっと違和感を覚えます。

第3条:「国旗は日章旗とし,国歌は君が代とする。日本国民は,国旗及び国歌を尊重しなければならない」を追加。
→う~~ん,そうですか。憲法に入れたいですか。
 国旗と国歌に関しては「国旗及び国歌に関する法律」に規定されており,この法律の「別記」に,国旗の具体的デザインや国歌の楽譜が掲載されています。具体的なデザインや楽譜を憲法に記載せず,単に「日章旗」「君が代」と書くだけで一意性が保てるのか,ちょっと疑問。憲法としては「国旗・国歌は法律で定める」程度でいいんではないでしょうか。
 ちなみに,「国旗及び国歌に関する法律」には国旗のサイズ(縦横比率や日章部分の割合など)が厳密に定義されているので,これなら一意性が確保できています。ただ,日章部の色が「紅色」としか書かれておらず,これでは不確定。エンジニア的には,マンセル記号や24ビットRGBコードなどで定量的に表現して欲しいものです。
 あと,草案の第2項に「日本国民は,国旗及び国歌を尊重しなければならない」と書かれていますが,こう書いて国民に強制しないと国旗や国歌が尊重されないというのは悲しいこと。ちなみに僕は,日本だけでなく,どの国のものでも(アメリカでも中国でも北朝鮮でも),国旗や国歌はその国のシンボルであり「尊重」していますよ。それが大人としてのマナーなので。

第4条:「元号は皇位の継承があったときに制定する」を追加。
→う~~ん,やっぱりこれも憲法に入れたいですか。
 ちなみに,元号の制定を憲法に入れるかどうかとは別の話として,どう考えても西暦の使用を止めるわけにはいかないのが現実であり,日本でしか通用しない年号を西暦とは別に設けることの合理的理由が僕には理解できません。また,「ある日突然」年号が変わるのは,日常生活面でもシステム的にも非常に不便。ということで,僕は個人的には原則として西暦を使用するようにしています。僕が長年勤めていた会社でも,社内ではすべて西暦で統一していました。それでも,対外的(特に役所相手など)には元号記載がスタンダードで元号の使用を強制されており,結局は「元号は使いたい人だけ使えばいい」とはなっていないのが現実。ほんと不便です。

第5条~第7条:天皇の国事行為について,「内閣の助言と承認を必要とし,内閣が責任を負う」とあるのを「内閣の進言を必要とし,内閣が責任を負う」に変更。また,「国や公共団体などが主催する式典への出席や公的な行為を行う」を追加。
→「助言」が「進言」に変わっています。「助言」というのは「上の者が下の者に教える」という意味合いがあるため,天皇に対しては「進言」の方が適切ということなのでしょう。「内閣の承認が必要」が削除されているものの,「天皇のすべての国事行為には内閣の進言が必要」とあり,天皇が独断で主体的に国事行為を行うことはできないという点で,現行憲法と同等なのかと解釈します。
 なお,天皇の国事行為について,この際なので,形式上のものは内閣や国会が直接行うようにして,天皇が行う国事行為は儀式などに限定してもいいんではないでしょうか。

第9条:「戦争を放棄し,国際紛争を解決する手段としての武力行使を永久に放棄」を「戦争を放棄し,国際紛争を解決する手段としては武力行使を用いない」に変更。
→「武力行使を永久に放棄」を「武力行使を用いない」に変更。この変更をめっちゃ気にする人もいそうですが,戦争を放棄することに変わりはないので,僕はあまりこだわりません。ただ,「武力行使を永久に放棄」→「武力行使を用いない」→「武力行使を用いる」のように,段階的に武力行使を合法化しようとしているようにも見え,ちょっと気になるところ。

第9条-第2項:「前項の目的を達するため戦力は保持しない。国の交戦権は認めない」を「前項の規定は自衛権の発動を妨げるものではない」に変更。
→違憲という意見がある(笑) 自衛隊を合法化するための条文変更ですね。ちなみに,現在の自衛隊は,明らかに自国防衛の域を超える「軍隊」であり,現行の憲法に照らせば違憲であることは間違いありません。どこをどう解釈すれば自衛隊が合憲で集団的自衛権の行使まで可能になってしまうのか,僕には理解できません。
 こういうことを言うと「自衛隊を違憲といいながら自衛隊の災害救助の世話になるのはけしからん!」みたいなアホなことを言う人がいますが,災害救助や必要最小限の防衛に関して違憲と言っているわけではなく,災害救助や防衛には不要な過剰装備等について違憲と言っているだけですので,念のため。
 いずれにしても,改正案に自衛権を明記することには反対しませんが,「戦争は放棄」と明言している限り,自衛を超える軍備については認めないということをきちんと明記した方がいい。そうでないと,拡大解釈の連続で際限なく軍備が拡張されるのは目に見えています。

第9条の2:「内閣総理大臣を最高指揮官とする国防軍の保持」を追加。

第9条の2-第2項:「国防軍は国会の承認他の統制に服する」を追加

第9条の2-第3項:「国防軍は第9条第1項の活動の他,国際社会の平和と安全を確保するために国際的に協調する活動,および国民の生命・自由を守るための活動を行うことができる」を追加。
→国の平和や国民の安全を確保する目的以外に「国際社会の平和と安全を確保するために国際的に協調する活動」も行えるとしている。たとえばアメリカが戦争していて,その戦争が「国際社会の平和と安全を確保するため」と判断すれば(誰が?),国防軍は世界中のどこででも活動ができるということ。昨年法制化された集団的自衛権が違憲だったのを合憲化しようということなんですね。順序が逆だろ!って思いますが。

第9条の2-第4項:「国防軍の組織等については法律で定める」を追加。

第9条の2-第5項:「国防軍に属する軍人や公務員がその職務や機密に関する裁判を行うために,国防軍に審判所を置く」を追加。
→裁判所とは別の司法組織を国防軍の中に設けるということで,いわゆる軍法会議(軍事裁判所)のことでしょう。「戦争は放棄する」「武力行使は用いない」といいながら,軍法会議を設けることの必要性がイマイチ理解できません。

第9条の3:「国は領土・了解・領空を保全し,資源を確保しなければならない」を追加。

 長くなったので,今回はここまで。

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2015年12月31日 (木)

究極のスローライフ

 11月に茨城県を離れ,京都の実家へ引っ越しました。引っ越し後の生活はようやく落ち着いてきたので,これからの定年後の余生は京都で優雅に過ごしたいと思っています。で,これからは,映画「マザーウォーター」のようなスローライフを送るのが僕の夢。ってことで,この映画を最近あらためて見てみたので,感想などを。

マザーウォーター(2010年公開)
 監督:松本佳奈
 出演:小林聡美,小泉今日子,加瀬亮,市川実日子,永山絢斗,光石研,もたいまさこ 他

 あの荻上直子監督作「めがね」(2007年公開)と同じようなキャスティングで,ストーリーも「めがね」と同じテイストのスローライフ・ムービー。映画の中で何か起こるのかと期待して見ていても,結局何も起こらずに映画が終わってしまうという,ただの日常を描いただけの不思議な映画。普通の一般人の生活の方が,この映画よりもはるかに変化があるのではないかと思わせるぐらい,ストーリーのない映画です。

 この映画を見て「なんじゃこりゃ?」「物足りない!」と思う人が多いかも知れませんが,僕としては,たまにはこんな映画もいいし,こんなスローな生活にはあこがれます。ぐうたらな僕には波瀾万丈の人生は向いていません。そして,この映画を見ると,無性にコーヒーが飲みたくなり,昔ながらの銭湯に行きたくなり,また,無性にウィスキーが飲みたくなる。さらに,豆腐をそのまんま食べたくなる(笑)

 この映画の舞台は京都で,映画のロケ地は京都市左京区の高野川や白川疎水近辺らしいです。ただ,出演者は誰一人京都弁や関西弁を話さないし,映画の中で具体的な地名は一切出てこないので,京都らしい風情を保ちながらも特定の土地を意識させない,とてもニュートラルな映画と言えます。もっとも,このメンバーが京都弁を話したとしたら,ちょっと違和感ありますが。なお,明日1月1日の朝6:05から,この映画がBSプレミアムで放送されるみたいです。(宣伝か!)

 ということで,2015年も今日で終わり。今年1年,大変お世話になりました。なお,10月頃からツイッターを始めています(時々しかつぶやきませんが)。IDは「@kaba1413」。よろしくお願いします。では,皆さん,どうぞよいお年を!

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2015年12月16日 (水)

腹立たしい判決

 今日の最高裁判決は,ほんと腹立たしいです。ま,最高裁判事というのは内閣が任命するわけだし,ある程度予想できた結果ですが。

 まず,夫婦別姓を認めない民法の規定を合憲とした判決。夫婦別姓を望んでいる人は,別姓を強制すべきと言っているわけではなく,単に別姓を選択可能にして欲しいと主張しているだけ。なんでたったこれだけのことが認められないのか,まったく理解できません。

 判決では「民法の規定は夫婦がいずれの姓にするかを当事者間の協議に委ねている。規定自体に男女の不平等が存在するわけではない」と言っているらしいが,いずれか一方の姓に変更すると,両者の間に精神的・実務的・経済的な不平等が発生するのは歴然とした事実。なんでこれが理解できないんでしょう。

 テレビの街頭インタビューなどで「夫婦はやっぱり同姓の方がいいよねー」みたいな意見をメディアが無神経に流しているのにもムカつきます。一家庭の事情を聞くのではなく,別姓を選択可能とすることに対する意見をきちんと聞いて欲しい。選択制を導入して結果的に大半が同姓を選択することになったとしても,それはそれでいいわけで。

 ちなみに,戸籍という制度自体が不要と考える僕としては,同じ家族を同じ姓にすることに合理的な理由はないと考えています。名前が自由に付けられるように,姓も自由に選べるようにすればいいと思う。「佐藤××さん」と「鈴木××さん」が結婚して,その子供の名前が「山田××さん」でも構わない。

 いずれにしても,今回の判決は選択的夫婦別姓の導入を妨げるものではないので,早く導入して欲しいものです。これに反対している国会議員は,まず自分自身の姓を変えてみて,自分の姓が変わることがいかに苦痛で不合理で不便であるかを,身をもって体験して欲しい。

 もう一つの,女性が離婚後6ヶ月再婚できない規定について。100日を超える部分は違憲との判決。メディアは「違憲判決!」と騒いでいるようですが,「100日間禁止するのは合憲」という判決であり,まったく時代遅れの判決と言えます。

 そもそもこの規定は,親子関係の紛争を防ぐためとのことらしいですが,これって「離婚前の女性は結婚中の夫以外の相手とはエッチしない」「離婚してから再婚するまでの女性は誰ともエッチしない」「再婚後の女性は再婚後の夫以外の相手とはエッチしない」という大前提に立っているわけで,超笑えます。こんな民法の規定があろうとなかろうと,どのタイミングで誰を相手に妊娠したか次第で紛争の可能性はあるわけで,この規定自体には全然意味がないでしょう。

 今回の判決にはなかったけど,同性婚の問題も同様。個人の自由な考え方を法律で縛るのはそろそろ止めにした方がいいでしょう。もっとも,戸籍制度をなくせば,戸籍への性別の記載もなくなるわけで,同性婚も異性婚も区別つかなくなるのかも。

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2015年9月19日 (土)

悪法もまた法なり

 「悪法もまた法なり」・・・たとえ悪い法律であっても,法律として効力を持っている以上は守らなければならない という意味と理解しています。ソクラテスが言ったとか。

 悪法の成立によって世の中の終わりが来たかのようにメディアは大騒ぎをしていますが,一内閣の判断であっさり成立した法律であり,気に入らなければまた戻せばいいだけ。戻したいと考えている人は,戻すことを公約に掲げる政党が多数の議席を占めるように,次の選挙で投票すればいいだけです。

 憲法に違反する法律というのは悪法以下の法律だとは思いますが,集団的自衛権の行使に関しては,約1年前の閣議決定と,それを昨年12月の総選挙で公約に掲げた与党が圧勝したことから,民意に基づくものと言えます。「悪法もまた民意なり」ってことです。ただ,昨年12月の総選挙で当選した衆議院議員はともかく,今の参議院議員は全員,この閣議決定が出される以前に選ばれた人たち。この人たちの中で,この違憲法案に反対する与党議員が一人もいなかったというのは,正直ちょっとキモイと感じます。

 この法律は,日本を守るためというよりも米国のための法律であることは明白ですが(あくまで個人の意見です),まあ当面は米国の戦争に巻き込まれることはないでしょう。ただ,あの戦争大好きの米国です。この先何があるかわかりません。特に,次期大統領が誰になるかは不明ですが,大統領が替わった後はちょっと心配かも。

 この法律の成立によって,これから色んな訴訟が引き起こされることでしょう。政府はこの訴訟の嵐に耐えられるのか,注目したいところです。もっとも不幸なケースは,日本が米国の戦争に巻き込まれて自衛隊が戦闘行為を起こした結果,上官命令に従っただけの自衛隊員が殺人罪・傷害致死罪・器物損壊などで告発される可能性があるということでしょうか。何しろ違憲の法律に基づく行為なので,国内法に違反する行為に関しての訴訟は「何でもあり」でしょう。

 そうなる前に(できればアメリカ大統領が交替する前に),この法律は早く元に戻しておいた方がいいと思いますよ。

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2015年9月17日 (木)

オンライン国勢調査

 今年は国勢調査の年。この国勢調査に関しては毎回突っ込みどころが満載です。たとえば,今年はようやくネットで回答できるようになりましたが,ネットでの回答は9月20日が締め切り。この国勢調査は10月1日時点でその世帯に住んでいる人が対象とのことで,10月1日時点のデータなのに,なんで締め切りが9月20日なのか,まったく理解に苦しみます。

 そして,調査対象者(ふだん住んでいる人)については以下のように記載されています。

「ふだん住んでいる人とは,住民票などの届出に関係なく,10月1日現在あなたの世帯にすでに3か月以上住んでいる人,まだ3か月にならないが3か月以上にわたって住むことになっている人」

 要するに,10月1日時点でそこに3ヶ月未満しか住んでいなくて,かつこの先3ヶ月未満しか住まない人というのはばっさり切り捨てて調査対象外ということなんです。本当にこんな調査でいいんでしょうか。実際に,僕の場合がこれに該当するんです。

 僕の場合,茨城県から京都に引っ越し途中で,住民票は既に京都に移しましたが,2週間ごとに両方の家を行ったり来たりしている状況。10月1日時点では京都に住んでいる予定なので茨城では調査対象外。しかも京都でも,10月1日の前後3ヶ月以上は住んでいないので調査対象外なんです。

 ということで,自分は調査対象外ということでラッキーだったんですが,とりあえず家族の分の回答をネットで済ませたので,感想などを書いておきます。

 まず,ネットで回答した場合,職業が「無職」で仕事に関する回答が不要だったこともあり,入力はあっという間に終了。これはなかなか便利と感じました。調査が簡単に終わるのはありがたいですが,ほんとにこんな程度の調査が有益なのか,大いに疑問に思いました。

 調査内容は,戸籍と住民票のデータを機械的に集計すればわかるものが大半。戸籍や住民票ではわからない調査項目としては,住居の関係と仕事の関係で,仕事については9月24日から30日までの1週間の仕事についてのみとのことです。

 実際にどこに何人住んでいるかということを,住民票登録内容とは別に調査することの意義が僕には理解できないし,そもそも,「住んでいるが住民票をきちんと届けていない人」と「国勢調査に回答しない人+回答しても正直に記入しない人+調査票の配付ができなかった人」とのどちらが少数派かというと,当然前者でしょう。この意味でも,人口データに関しては,国勢調査を実施するよりも戸籍と住民票データを機械的に集計した方が,はるかに精度が高くて効率的な集計ができると思いますよ。

 それに,気になる(気に入らない)のは,実名と実際の現住所を入力させる点。この統計データに実名が必要な理由がまったく理解できないので僕は入力しませんでした。前回(5年前)は紙での提出だったので名前は空白にしましたが,今回のオンライン入力では空白は入力できなかったので「A」のような仮名にしておきました。住所については,郵便番号を入力して自動で表示される住所までとし,詳細の番地などは入力していません。

 ちなみに,知り合いに国勢調査員をやっている人がいて,その人に聞いてみたところ,調査票の配付というのは住民票データに基づくものではなく,実際に家が建っている区域に対してブロック単位に担当を割り振って,各住宅に配付しているそうです。このため,配付されたシートに市区町村コードや調査区番号・世帯番号などが書かれていますが,これは住民票の住所とは無関係に各住宅に割り振られているらしい。

 ただ,この世帯番号に対して調査対象者IDとパスワードが割り振られているわけで,ネットで入力した内容は世帯番号すなわち住宅とのリンクは取れており,その気になれば各世帯の住所や個人名とのリンクも可能ということです。そうなると,勤め先などの個人情報を入力するのは非常に気持ち悪いと感じます。

 このように,突っ込みどころが満載の国勢調査ですが,ネット入力した場合に,最後に意見を書く欄があるのは良かったと言えます。僕が感じるこの調査の問題点を,たっぷりと記入しておきましたよ。

 いずれにしても,現状の国勢調査は,たいして有効なデータが集まると思えず,費用をかけるだけムダな気がします。せっかくの大規模調査なので,完全に匿名化し,かつ実際の居住地の特定ができないようにし,より有効な細かい情報を収集するようにすればいいのにと思います。完全匿名であれば僕でも「お国のために」できるだけの協力はするんですが,今のような個人情報を丸出しにする危険な調査には協力したくありません。

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2015年9月 2日 (水)

メディア頼み

 なにかとお騒がせ中の大阪市の橋下市長。かつて「立候補することは2万パーセントない!」って断言しながら大阪府知事に立候補するなど,僕はこの人の言動をあんまり信用していないんですが,時々ハッキリと良いことを言うなと感じることがあります。たとえば最近では,安全保障関連法案の反対集会に関して「国民の政治活動として尊重されるのは当然」とした上で,8月30日の国会周辺での大規模デモに触れて「たったあれだけの人数で国家の意思が決定されるなんて民主主義の否定だ」と発言したとか。

 安保法制に関しては,法案反対のデモだけでなく,僕はキモイと感じる法案賛成のデモも行われています。また,明らかにネットウヨクの呼びかけで集まったと思えるヘイトスピーチのデモなんかも行われています。デモをやること自体は意思表示として自由ですが,「デモによって国家の意思決定が左右されるべきでない」という橋下氏の発言にはまったく同感で,各有権者の意思は,まずは選挙の際の投票行動でもって示すべきです。

 しかも,国会周辺で大規模デモが行われた8月30日は日曜日であり国会はお休み。議事堂内には大半の国会議員はいなかったので議員にはその声は届きません。もっとも,国会議員が議事堂の中にいたとしても,デモの叫び声が直接議員に聞こえるわけではありません。

 結局は,これだけの大規模なデモが起こったという事実が,報道を通して関係者の目や耳に入り,それによって何かが動くことを期待しているということなんです。個々のデモ参加者がメディアをどこまで意識して行動いていたかはともかく,結果的にはそういうことになります。メディアが報道してくれなかったら,結局はデモがあったこと自体,一般国民も国会議員も知ることはできません。

 似たような話として,国会議員の委員会質問があり,国会議員がどこまで本気で質問をしたいのか疑問に思うことがあります。テレビの国会中継を意識してか,テレビカメラに向けて説明パネルを立てて質問をせずに延々と自説を述べる議員は,メディアを経由して自分をPRしたいのかと疑いたくなります。以前安倍総理が質問者に対して「質問しろよ!」みたいな野次を飛ばしたことが問題になりましたが,この時の安倍総理の気持ちはよくわかります。

 あと,テレビでも報道されましたが,安保法案が衆議院の委員会で採決された時のシーン↓

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(日経新聞Webより転載)

 反対する委員が「強行採決反対!」の紙を,委員長に向けてではなく明らかにテレビカメラや記者に向けて示しています。これには笑ってしまいました。これも,明らかにメディアを意識した行動ということでしょう。しかも,反対議員は賛成議員と同様に起立しているので,賛成しているみたいになっているのにも笑えます。

 このように,政治的な何かを主張する時は,結局は「メディア頼み」にならざるを得ないというのが悲しい現実なんです。戦時中のメディアが政府・軍隊の意思伝達期間であったことからもわかるように,歴史を動かすのも動かさないのもメディアの力が大きいというわけです。古代や中世の歴史はそれなりに緩やかに変化してきたわけですが,メディアが発達した現代では,ちょっとしたことから歴史はスピーディーに動くと言えるでしょう。

 このため,権力者は自分たちの意思を的確に民衆に伝えて欲しいとメディアに望むわけで,結果として,意思に沿わないメディアに対して「懲らしめたい」発言が飛び出すのも,その気持ちは痛いほどわかります。かつての総理大臣 佐藤栄作氏が引退する際,メディアを通して自分の意思が伝わらない歯がゆさに業を煮やし,記者会見で「新聞は信用できない」と発言して新聞記者を閉め出し,テレビによる実況中継だけで独演による辞任会見をしたシーンは,子供のころのリアルタイムの記憶として残っています。

 世の中のあらゆる事実はメディアを通してしか知ることができないのが悲しい現実。しかも,ネットにせよテレビにせよ新聞や週刊誌にせよ,どんな媒体でもそれなりのフィルターがかかった上で国民に知らされるのも現実。ということで,とにかく,メディアに対しては,つまらない世論調査や社説なんかは要らないので,極力純粋に事実だけを正確に伝えて欲しいと,切に願ってやみません。

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2015年8月30日 (日)

どっちもどっち

 東京五輪公式エンブレムのデザイン問題について。問題となっているベルギーの劇場のロゴ(左)と並べてみると,下の写真のとおりです。(日経新聞webより転載)

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 たしかに,似ていると言えば似ているけど,色合いは全然違うし,左上の部分と右下の部分の中心部分とのくっつき具合も違うし,似ていないとも言えます。シンプルなロゴなので,この程度の偶然の一致はありそうな気がします。ベルギーの劇場はそれほど目くじら立てるほどのことでもないというのが僕の感想です。

 ところが,原案選定後に組織委が商標登録の調査をしたら類似する商標が海外で見つかったため,デザインを修正するようデザイナーに依頼し,修正を重ねた上で現在のエンブレムに至ったということが説明されていました。下の写真の左から「原案」「修正案」「最終案」とのこと。(日経新聞webより転載)

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 僕がおかしいなと感じたのは,原案選定後に組織委が調査して変えさせたという点。似ている物があったのならその時点でそのデザインは却下して別の物を採用すればいいだけなのでは? なんとなく選考過程が不透明で怪しげな臭いがぷんぷんします。

 それに,わざわざこんな説明しなくても,元々デザイナーの佐野氏が盗作したことを疑われていたわけではないし,提訴しているベルギー劇場も盗作云々でなく似ていることを問題視しているわけで,盗作でないことをくどくどと説明している組織委やデザイナーの佐野氏は,何となく外しているなと感じました。この理屈に従えば,仮にデザインが完全に一致していても盗作でなく偶然の一致であれば問題ないということになり,それは違うだろうって思います。

 たとえ盗作でなくても結果的に似ていたら取り下げるのがマナーだし,似ていないのであれば似ていないということを,自信を持ってきちんと説明をすればいいだけだと思いますよ。

 ただ,もし取り下げて別のデザインに変更したとしても,世界的に注目を浴びてしまったため,このようなシンプルなデザインだと,結局また世界中のどかかの何かのロゴと似ているという指摘は避けられないような気がします。

 そもそも,五輪のエンブレムっていったい何のために必要なんでしょう。ロゴ使用料などの色んな利権が絡んでいるんでしょうか。この際なので,各大会固有のエンブレムなんてやめて,五輪マークだけにしてしまえばすっきりするのにと思います。

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2015年8月28日 (金)

戦争には行きたくない!

 今さら言うまでもないことですが,戦争というのは,対戦国の領土を破壊したり対戦国の人を殺したりすることです。平和な社会生活にあっては,人が一人殺されただけで連日テレビで大騒ぎなのに,そんな殺人や破壊活動が合法的に普通にできてしまうのって,やはりどう考えてもおかしいでしょう。

 殺人・傷害・器物破損のような刑事上の問題だけでなく,民事上の問題にしても,戦争が起こるとすべてが吹っ飛んでしまいます。戦争で死んでも生命保険は支払われないし,殺したり破壊したりした側が民事上の損害賠償責任を追うこともありません。被害者に対して自国の政府が補償することも基本的にありません。かの原爆被害者に対しては国家補償があるらしいですが,これは例外中の例外であり,通常の戦争被害者(当時はほぼすべての国民が何らかの戦争被害を被っていたはず)に対しては,ほとんど何も補償されていません。

 このように,戦争というのは法治国家の根本を否定する行為であり,憲法9条がどうのこうのという以前に,通常の法治国家の国内法と矛盾する行為と言えます。今世界には戦争をしている国や戦争が可能な国が多数ありますが,こういった国では,国内法と戦争行為との整合性がいったいどうなっているのか,ちょっと気になります。

 ていうか,かつての戦時中の日本でさえ,殺人も傷害も窃盗も銃刀所持も法律で禁止されていたはず。なのに,なんで戦争という行為が可能だったのか,不思議な気がします。はっきりした戦闘行為ならともかく,戦地で誤射して仲間を射殺してしまったとか,爆撃によって自国民に被害が及んだとか,法的に微妙なケースがいくらでもあります。戦争が可能な国は,このあたりの刑事上・民事上の責任問題をどのようにしてクリアしているのか知りたいものです。

 いずれにしても,戦争というのは法治国家としては絶対に許されない行為であり,戦争が起こることを避けるのは,政治家がやるべき最重要課題でしょう。何しろ,戦争を始める判断は政治家にしかできません。一般国民がいくら叫んでもデモをやっても戦争は始まりません。その意味で,政治家こそがしっかりして欲しいものです。「戦争に行きたくないんだろう」みたいな薄っぺらな発言をする政治家は,戦争という行為によって生じる問題がそんな単純なものじゃないという本質をわかっていないなと感じ,非常に心配です。

 ・・・なんてことは僕が言うまでもなく,世界中のほとんどの政治家は戦争なんてやるべきでないということは認識しているはず。なのに,なんで戦争は起こってしまうのでしょう。

 やはり,これは人間のプライド維持と闘争本能によるものでしょう。酔っぱらいの喧嘩や学校での子供の喧嘩や兄弟喧嘩や夫婦喧嘩(我が家はありませんが)のような個人どうしの喧嘩はしょっちゅうあるし,世の中には離婚調停も頻繁にあるし,職場での言い争いや政党の内紛なども日常茶飯事です。端から見たらばかばかしいと思える喧嘩も当事者にとっては真剣で,やりたくなくても必然的にそうなってしまうというケースが多々あることでしょう。

 これが国家レベルになったら戦争になってしまうわけで,現に世界中のあちこちで戦争は起こっています。先日,韓国と北朝鮮の間に不穏な空気が流れていましたが,この両国はもともと戦争中であり,今は単に休戦中になっているだけです。

 このように,戦争は普通に起こりうるわけで,70年間も戦争を経験していない日本のような国は珍しいのではないでしょうか。したがって,全世界的な歴史の流れで見れば,70年間も戦争をしていない日本はいつ戦争を始めてもおかしくない国であると言えます。なぜこの日本が70年間も戦争のない平和な国であり続けられたのかを良く考え,平和のありがたみを噛みしめておきたいものです。

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2015年8月16日 (日)

ジュラシック・ワールド

 公開中の映画「ジュラシック・ワールド」(監督:コリン・トレヴォロウ,出演:クリス・プラット,ブライス・ダラス・ハワード ほか)を見てきました。子供の時に初代ゴジラシリーズで育った世代としては,巨大生物ものの映画というのは妙に懐かしく,外せません。

 現代に蘇った恐竜に対して最新のバイオ技術でDNA操作し,より凶暴な恐竜を人工的に生み出し,巨大テーマパークとして日々多数の来場者が訪れるという設定。もし本当にこんなテーマパークがあったら(本物の恐竜でなくロボットでもいい),ぜひ行きたいものです。

 動物愛や家族愛など,アメリカ人好みのストーリー設定が全開で,アメリカ臭がぷんぷんの映画ですが,適度にハラハラドキドキさせてくれて,それなりに楽しめる映画ではありました。また,主演級の人はどんなピンチになっても絶対に死なずに生還するというアメリカ映画「お決まり」の結末がわかっているので,安心して(?)見ることができます。

 巨大生物が出てくる映画というのは特撮映画の醍醐味ですが,どんなシーンでも今やCGで実現可能となってしまう点がかえって物足りなく,一作目の「ジュラシック・パーク」ほどの驚きは感じられませんでした。それにしても,かつての着ぐるみのゴジラが町を破壊する昭和の映画が懐かしいです。

 さて,この映画は3D版と2D版が上映されていますが,せっかく映画館で見るんだから3D版を見たいところです。ところが,字幕の3D版を上映している映画館が非常に少ないんです。今は京都へ帰省中なんですが,京都のTOHOシネマズでは3D版は日本語吹き替え版のみ。このため,わざわざ大阪(梅田)まで見に行って来ました。調べてみたところ,TOHOシネマズの場合,全国に60館以上の映画館がありますが,この映画を字幕3Dで上映しているのは東京の6館と大阪の1館のみでした。これ以外の3D上映箇所はすべて日本語吹き替え版のみでした。

 今でこそテレビの有料放送では「ノーカット・字幕スーパー・途中CMなし」が当たり前ですが,僕のような年配の映画ファンは,かつてのテレビ放映の洋画=「日本語吹き替え・途中CMあり・ぼろぼろにカット」という時代に育った関係で,「日本語吹き替え版はオリジナル映画をばっさり改変した安っぽい洋画」というイメージがいまだに抜けていません。映画館でお金を払って日本語吹き替えの洋画を見るなんて,僕にはあり得ないです。

 もちろん最近は,洋画は吹き替えの方がいいという人がたくさんいるのも事実で,それはそれで選択肢として提供いただければいいでしょう。でも,3D字幕版が上映されているのが東京と大阪のみ(名古屋や横浜などの大都市圏でさえ3Dは吹き替え版のみ)というのは,あまりにもひどい。地方の人は字幕が読めないと馬鹿にされているのかとさえ思えます。

 この手のパニック映画を見るのは若い人が多いのかなと思っていましたが,今回この映画を大阪(梅田)で見た時,観客は意外と年配者が多いような気がしました。第一作「ジュラシック・パーク(1993年公開)」からのファンが多いのか,僕のようにオールドファンは字幕版が好きだからなのか,その理由はよくわかりませんが。

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2015年8月15日 (土)

戦後70年談話

 戦後70年の安倍首相談話が出されました。過去の内閣の談話を否定する過激な内容になるかと思っていたら,意外におとなしい内容だったという印象。「安全保障関連法案が成立するまではおとなしくしていなさい」というのが自民党の方針らしいので,もし安保法案が成立していたら,内容はかなり違ったものになったでしょう。

 今回の談話で問題とされているのは,下記箇所と認識しています。

 「我が国は,先の大戦における行いについて,繰り返し,痛切な反省と心からのおわびの気持ちを表明してきました」
   ・・・
 「日本では,戦後生まれの世代が,今や,人口の8割を超えています。あの戦争には何ら関わりのない,私たちの子や孫,そしてその先の世代の子どもたちに,謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません」

 「おわび」については,たしかに,これまでのことを言っているだけで安倍総理自身がおわびするとは言っていません。また,「あの戦争には何ら関わりのない,私たちの子や孫,そしてその先の世代の子どもたちには謝罪させたくない」と言い,自分が謝罪するのか謝罪したくないのかについては言及していません。安倍さんの本心は謝罪したくないのが見え見えで,謝罪したくないとはっきり言ってくれた方がすっきりしたでしょう。子や孫の世代を引き合いに出すのは卑怯だと思います。

 このような中途半端な内容だと野党や中韓から批判されるのは見え見えで,何もわざわざ戦後談話なんて出さなくても良かったのにと思います。もっとも,仮にはっきりと謝罪を明言したら,結局は「そんなの本心じゃない(これまでの発言と矛盾している)」と批判を浴びたわけで,どっちにしても難しいものです。

 さて,戦後談話を出すのは決して総理大臣の特権という訳ではなく,各政党からも出されています↓

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(日経新聞より)

 要するに,戦後談話というのは誰が勝手に出してもOKということなので,誠に僭越ながら,僕自身もちょっと考えてみました。

【かば の 戦後70年談話】

 先の大戦で,我が国が他国の人々に計り知れない損害と苦痛を与えたのは歴史的事実であり,日本人として謙虚に反省し,二度とこのような過ちを犯さないよう,それを選挙の際の投票行動によって示していくのが日本国民の義務であると認識しています。

 もちろん,各地での大空襲や広島・長崎への原爆投下など,我が国自身も多大な被害を被っており,対戦国を許せない感情があることは理解できますが,そもそもこの戦争を仕掛けたのは我が国であり,多くの国民を戦地に送って死ぬことを強制し,沖縄で地上戦を交え,本土決戦まで決意するなど,国民に多大な犠牲を強いたのは時の政府・軍隊です。

 特に,1945年7月に出されたポツダム宣言を速やかに受諾していれば,広島・長崎への原爆投下も満州でのソ連軍参戦も防ぐことができたわけであり,ポツダム宣言を無視してまったく勝ち目のなかった戦争を継続した政府の責任は極めて重大で,赦せるものではありません。

 東京裁判は戦勝国主導によるものであり無効ということを主張する政治家も一部にいますが,これらの政治家は,いわゆるA級戦犯が対戦国に対してだけなく日本国民に対しても多大な犠牲を強いたという事実を認識していないのではないでしょうか。

 具体的な戦力分析も合理的判断もせず,軍隊のトップが声高に叫ぶ精神論によって本土決戦へ突き進もうとした体質が,今の日本社会にも通じているのではないかと危惧します。一例として,一連の東芝の会計処理問題があります。冷静な経営判断を怠った経営トップの恫喝によって会計操作をしてしまうというのは,かつての軍部の体質に通じるものがあります。

 過去の戦争の過ちを教訓として不戦の考えを貫くのは当然ですが,通常の社会生活においても過去の教訓を生かし,一時の感情に流されたり不合理な圧力に屈したりすることなく,自分自身の人生を全うする所存です。

   ・・・なんてね。


【参考掲載】戦後70年 安倍首相談話の全文(日経新聞web版より転載)

 終戦70年を迎えるにあたり、先の大戦への道のり、戦後の歩み、20世紀という時代を、私たちは、心静かに振り返り、その歴史の教訓の中から、未来への知恵を学ばなければならないと考えます。

 100年以上前の世界には、西洋諸国を中心とした国々の広大な植民地が、広がっていました。圧倒的な技術優位を背景に、植民地支配の波は、19世紀、アジアにも押し寄せました。その危機感が、日本にとって、近代化の原動力となったことは、間違いありません。アジアで最初に立憲政治を打ち立て、独立を守り抜きました。日露戦争は、植民地支配のもとにあった、多くのアジアやアフリカの人々を勇気づけました。

 世界を巻き込んだ第1次世界大戦を経て、民族自決の動きが広がり、それまでの植民地化にブレーキがかかりました。この戦争は、1千万人もの戦死者を出す、悲惨な戦争でありました。人々は「平和」を強く願い、国際連盟を創設し、不戦条約を生み出しました。戦争自体を違法化する、新たな国際社会の潮流が生まれました。

 当初は、日本も足並みをそろえました。しかし、世界恐慌が発生し、欧米諸国が、植民地経済を巻き込んだ、経済のブロック化を進めると、日本経済は大きな打撃を受けました。その中で日本は、孤立感を深め、外交的、経済的な行き詰まりを、力の行使によって解決しようと試みました。国内の政治システムは、その歯止めたりえなかった。こうして、日本は、世界の大勢を見失っていきました。

 満州事変、そして国際連盟からの脱退。日本は、次第に、国際社会が壮絶な犠牲の上に築こうとした「新しい国際秩序」への「挑戦者」となっていった。進むべき針路を誤り、戦争への道を進んで行きました。

 そして70年前。日本は、敗戦しました。

 戦後70年にあたり、国内外にたおれたすべての人々の命の前に、深く頭を垂れ、痛惜の念を表すとともに、永劫(えいごう)の、哀悼の誠をささげます。

 先の大戦では、300万余の同胞の命が失われました。祖国の行く末を案じ、家族の幸せを願いながら、戦陣に散った方々。終戦後、酷寒の、あるいは灼熱(しゃくねつ)の、遠い異郷の地にあって、飢えや病に苦しみ、亡くなられた方々。広島や長崎での原爆投下、東京をはじめ各都市での爆撃、沖縄における地上戦などによって、たくさんの市井の人々が、無残にも犠牲となりました。

 戦火を交えた国々でも、将来ある若者たちの命が、数知れず失われました。中国、東南アジア、太平洋の島々など、戦場となった地域では、戦闘のみならず、食糧難などにより、多くの無辜(むこ)の民が苦しみ、犠牲となりました。戦場の陰には、深く名誉と尊厳を傷つけられた女性たちがいたことも、忘れてはなりません。

 何の罪もない人々に、計り知れない損害と苦痛を、我が国が与えた事実。歴史とは実に取り返しのつかない、苛烈なものです。一人ひとりに、それぞれの人生があり、夢があり、愛する家族があった。この当然の事実をかみしめる時、今なお、言葉を失い、ただただ、断腸の念を禁じ得ません。

 これほどまでの尊い犠牲の上に、現在の平和がある。これが、戦後日本の原点であります。

 二度と戦争の惨禍を繰り返してはならない。

 事変、侵略、戦争。いかなる武力の威嚇や行使も、国際紛争を解決する手段としては、もう二度と用いてはならない。植民地支配から永遠に決別し、すべての民族の自決の権利が尊重される世界にしなければならない。

 先の大戦への深い悔悟の念と共に、我が国は、そう誓いました。自由で民主的な国を創り上げ、法の支配を重んじ、ひたすら不戦の誓いを堅持してまいりました。70年間に及ぶ平和国家としての歩みに、私たちは、静かな誇りを抱きながら、この不動の方針を、これからも貫いてまいります。

 我が国は、先の大戦における行いについて、繰り返し、痛切な反省と心からのおわびの気持ちを表明してきました。その思いを実際の行動で示すため、インドネシア、フィリピンはじめ東南アジアの国々、台湾、韓国、中国など、隣人であるアジアの人々が歩んできた苦難の歴史を胸に刻み、戦後一貫して、その平和と繁栄のために力を尽くしてきました。

 こうした歴代内閣の立場は、今後も、揺るぎないものであります。

 ただ、私たちがいかなる努力を尽くそうとも、家族を失った方々の悲しみ、戦禍によって塗炭の苦しみを味わった人々のつらい記憶は、これからも、決して癒えることはないでしょう。

 ですから、私たちは、心に留めなければなりません。

 戦後、600万人を超える引き揚げ者が、アジア太平洋の各地から無事帰還でき、日本再建の原動力となった事実を。中国に置き去りにされた3千人近い日本人の子どもたちが、無事成長し、再び祖国の土を踏むことができた事実を。米国や英国、オランダ、オーストラリアなどの元捕虜の皆さんが、長年にわたり、日本を訪れ、互いの戦死者のために慰霊を続けてくれている事実を。

 戦争の苦痛をなめ尽くした中国人の皆さんや、日本軍によって耐え難い苦痛を受けた元捕虜の皆さんが、それほど寛容であるためには、どれほどの心の葛藤があり、いかほどの努力が必要であったか。

 そのことに、私たちは、思いを致さなければなりません。

 寛容の心によって、日本は、戦後、国際社会に復帰することができました。戦後70年のこの機にあたり、我が国は、和解のために力を尽くしてくださった、すべての国々、すべての方々に、心からの感謝の気持ちを表したいと思います。

 日本では、戦後生まれの世代が、今や、人口の8割を超えています。あの戦争には何ら関わりのない、私たちの子や孫、そしてその先の世代の子どもたちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません。しかし、それでもなお、私たち日本人は、世代を超えて、過去の歴史に真正面から向き合わなければなりません。謙虚な気持ちで、過去を受け継ぎ、未来へと引き渡す責任があります。

 私たちの親、そのまた親の世代が、戦後の焼け野原、貧しさのどん底の中で、命をつなぐことができた。そして、現在の私たちの世代、さらに次の世代へと、未来をつないでいくことができる。それは、先人たちのたゆまぬ努力と共に、敵としてしれつに戦った、米国、豪州、欧州諸国をはじめ、本当にたくさんの国々から、恩しゅうを越えて、善意と支援の手が差しのべられたおかげであります。

 そのことを、私たちは、未来へと語り継いでいかなければならない。歴史の教訓を深く胸に刻み、より良い未来を切り開いていく、アジア、そして世界の平和と繁栄に力を尽くす。その大きな責任があります。

 私たちは、自らの行き詰まりを力によって打開しようとした過去を、この胸に刻み続けます。だからこそ、我が国は、いかなる紛争も、法の支配を尊重し、力の行使ではなく、平和的・外交的に解決すべきである。この原則を、これからも堅く守り、世界の国々にも働きかけてまいります。唯一の戦争被爆国として、核兵器の不拡散と究極の廃絶を目指し、国際社会でその責任を果たしてまいります。

 私たちは、20世紀において、戦時下、多くの女性たちの尊厳や名誉が深く傷つけられた過去を、この胸に刻み続けます。だからこそ、我が国は、そうした女性たちの心に、常に寄り添う国でありたい。21世紀こそ、女性の人権が傷つけられることのない世紀とするため、世界をリードしてまいります。

 私たちは、経済のブロック化が紛争の芽を育てた過去を、この胸に刻み続けます。だからこそ、我が国は、いかなる国の恣意にも左右されない、自由で、公正で、開かれた国際経済システムを発展させ、途上国支援を強化し、世界のさらなる繁栄をけん引してまいります。繁栄こそ、平和の礎です。暴力の温床ともなる貧困に立ち向かい、世界のあらゆる人々に、医療と教育、自立の機会を提供するため、一層、力を尽くしてまいります。

 私たちは、国際秩序への挑戦者となってしまった過去を、この胸に刻み続けます。だからこそ、我が国は、自由、民主主義、人権といった基本的価値を揺るぎないものとして堅持し、その価値を共有する国々と手を携えて、「積極的平和主義」の旗を高く掲げ、世界の平和と繁栄にこれまで以上に貢献してまいります。

 終戦80年、90年、さらには100年に向けて、そのような日本を、国民の皆様と共に創り上げていく。その決意であります。

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2015年7月28日 (火)

公職選挙法改正

 来夏の参院選から定数を「10増10減」する改正公職選挙法が本日成立しました。これにより,1票の格差は4.77倍から2.974倍に改善されるとか。この程度の格差改善だと,結局また選挙直後に違憲訴訟が噴出するんでしょうね。

 今回の改正により,鳥取県と島根県,徳島県と高知県が合区されることになりましたが,合区対象の自民党参議院議員が採決に抗議して退席したというのは,超わかりすぎる対応で笑えます。国会議員というのは,党の決定よりも自らの身分を守ることを第一に考えているということを,身をもって説明してくれたということですよね。

 棄権しようが反対しようが,どのみち成立する法律なんだから,ここは賛成しておいて党議に従えば「潔い!」という評価になるのに,あえて自分の保身を主張するというのは,正直すぎてかっこよすぎます。

 対案を提出した民主党や公明党も,どうせその案は否決されるのだから,格差2倍なんていう中途半端な提案をせずに,格差を1倍程度までに縮める提案をしておけば評価も高まったのにと思います。ほんと国会議員のやることはよく理解できません。

 そもそも,衆議院も参議院も,今の選挙制度は相対的支持率が第一党である自民党が圧倒的に有利で,格差が是正されたり選挙区が大きくなったりするほど第二党以下にも公平になるというのは周知の事実。民主党が政権を取っている間に,自民党政権下では絶対に実現できないような公平な制度にさっさと改正してしまえばよかったのにと思います。ほんと民主党の罪は深いです。

 いずれにしても,国会議員の身分に影響を与えるような公職選挙法の改正は国会議員自身では絶対にできないということを,今回合区対象となった自民党議員が証明してくれたわけで,公職選挙法は国会議員以外の別組織で決めるしかないということでしょう。

 1票の格差をなくし,かつ区割り変更などにより格差是正が一切不要となる選挙制度としては,比例代表制か大選挙区制しかありえないと僕は考えています。そもそも国会議員は国全体の代表であり,特定の地域の利益代表ではないはずです。

 ただ,そうは言っても,保守系の政党を中心に,どうしても地方(地元)とリンクさせたいという政党があるのは事実。その救済策として,全国単一またはブロック制の大選挙区制としながら,各政党が選挙区を自由に区割りできるような案にしてはどうでしょうか。広いエリアから票を集めたい政党は,広いエリアをその候補者の選挙区とし,各候補のエリアは狭くして多数の候補者を出したい政党は,市区町村単位等の狭いエリアに自由に区分けして候補者を出せばいい という制度。こんな選挙制度にすれば,1票の格差の問題も区割りの問題も,すべてきれいに解決すると思いますよ。

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2015年7月25日 (土)

マニフェストの検証

 今回の安保法制に関して,先日のブログで「集団的自衛権を認める考えは約1年前に閣議決定されたもの。その後の総選挙で与党が圧倒的多数の議席を獲得して支持されたのだから,集団的自衛権は民意に従っているという解釈が成り立つが,与党のマニフェストにきちんと書かれていることが必要」と書きました。

 これまでは,政党のマニフェストなんて真剣に読むことはないと思っていたんですが,書きっぱなしは無責任かと思い,念のために昨年の総選挙時点のマニフェストを調べてみました。両党のマニフェストは,こちらにアップされていました↓

自民党:
http://jimin.ncss.nifty.com/pdf/news/policy/126585_1.pdf

公明党:
https://www.komei.or.jp/campaign/shuin2014/manifesto/manifesto2014.pdf

 自民党のマニフェストの場合,例の安保法制に関しては,24ページに以下のように書かれています(原文のまま)。

「国の存立を全うし、国民を守るための切れ目のない安全保障法制の整備について」(平成26年7月1日閣議決定)に基づき、いかなる事態に対しても国民の命と平和な暮らしを守り抜くため、平時から切れ目のない対応を可能とする安全保障法制を速やかに整備します。

 公明党のマニフェストには,自民党と一字一句違わず,まったく同じ文言で23ページに記載されています。

 このように,「閣議決定に基づいて安全保障法制を整備する」とうたっているので,形式上はマニフェストに記載されており,今問題となっている安保法案については,昨年12月の総選挙で与党の圧倒的多数の議席獲得により信任を得ており,民意に従った法案であると言えるでしょう。特に総選挙で与党に投票した人は,この法案は自分が投票した結果によるものだということをきちんと認識して欲しいと思います。

 ただし,マニフェストに記載されているといっても「形式上」であり,マニフェストには「集団的自衛権」の「し」の字も出てきません。意地悪い見方をすれば,意識的に出さずにぼかしているように思えます。「昨年の閣議決定に基づいて」と記載されていますが,法律の条文のような公文書ならともかく,閣議決定内容というのは明文化されたものがいつでも誰でも簡単に読めるようになっているわけではありません。その内容をマニフェストに明確に記載しないのは,極めて不親切・不適切と考えます。野党もメディアも,この点をきちんと質すべきだと思いますが,どうでしょうか。

 ついでに言わせてもらえれば,選挙で選ばれた議員や政党の行動・言動については,マニフェストに従っているかどうかを常に検証することが重要と考えていますが,この点の意識が極めて低い政治家が多いのは残念。特に,選挙の際には,前回の選挙でのマニフェストと実績との差異(マニフェストどおりに遂行したか,マニフェストに記載のないことを独断でやっていないか など)を検証し,問題があればきちんと選挙で報告して改善していくべきでしょう。決算時に予算と比較して問題点をフィードバックするというのは,民間企業ならごく普通にやっていることですよ。

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2015年7月24日 (金)

映像の世紀

 1995年から1996年にかけてNHK地上波で放送された番組で,NHKスペシャル「映像の世紀」という番組がありました。涙なしには見られない,素晴らしいドキュメンタリー番組です。

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 これは,20世紀が終わろうとしている1990年代後半において,20世紀に映像(動画)として残されていたフィルムを紹介したドキュメンタリーです。最近CSのヒストリーチャンネルで「終戦70年 "私たち"は何を見たのか?」というシリーズで放送されていたもので,今回改めて見ることができました。20世紀の世界がどのように動いてきたかを動画によって五感に直接訴える,優れた番組です。よくこんな残酷なシーンが当時地上波で放送されたものだと感心する貴重なシーンも多数あります。

 CSのヒストリーチャンネルで最近何回か放送されていたようですが,調べたところ,8/13~14にも全11集が通して再度放送されます。これがラストチャンスかも。ぜひお見逃しなく! ちなみに,このドキュメンタリーはDVDでも発売されていますが,このDVD BOXの価格はAmazonの場合で84,200円!・・・高すぎます。なお,もしAmazonで購入される場合は,ぜひこのブログのページ左下のリンクから購入お願いしま~す!(笑)

 この映像を見て感じたのは,人間の歴史には必然の「流れ」があるということ。今思えばバカげた戦争やむちゃくちゃな独裁政治や無益な革命についても,その時点では民衆の支持により必然的に発生したというケースが多いです。あのヒトラーの独裁政権でさえ,決してクーデターによって生まれたものではなく,極めて民主的な選挙で選ばれ,民衆の絶大な支持によって誕生したものです。

 したがって,日本でも,ヒトラーのような非人道的な独裁政権が誕生しうるということをきちんと認識しておくべきでしょう。たとえば,財政再建や景気回復を達成し,ヒトラーのように民衆を引きつける演説能力のある指導者が現れたとしたら,国民の圧倒的支持によって独裁政権が誕生する可能性があります。何しろ,今の日本の選挙制度は極めて非民主的であり,50%程度の支持があれば80%以上の議席が獲得できて憲法改正でも何でもできてしまうのですから。

 そう思うと,日本の政治が大きく変わる曲がり角になったのは,衆議院に小選挙区制が導入された1994年だったと僕は思います。昨日,参議院の1票の格差を3倍程度に抑える10増10減改正案を自民党他が提出すると報じられていましたが,なんでこんな格差3倍というバカげた改正案しか提出できないのか,レベルの低さにあきれます。本案のように合区を進めて格差を是正していったら,結局行き着くところは大選挙区制か比例代表制しかあり得ないという単純明快なことが,なんで理解できないんでしょうか。

 それはともかく,1994年の衆議院の小選挙区制導入が歴史の曲がり角で,なんでこんなアホな選挙制度にしてしまったのかと,後世の人は後々気づくことになるのでしょうね(もちろん,賢明な人は最初から気づいて反対していたと思いますが)。

 今の平和で平穏な日本にあっては,「戦争も独裁政治も過去のことや遠い海の向こうで起こっていることであり日本では無縁」と漠然と考えている人が多いと思われるのが本当に心配であり,過去の歴史を知らなさすぎると言えます。上に書いたように,今の選挙制度では独裁政権が生まれる可能性は十分あり,自分が生まれるたった10年前まで日本は戦争をやっていて,今の北朝鮮と同様に飢餓に苦しみ言論の自由もない恐ろしい国でした。かの911テロで世界貿易センタービルに航空機が突撃自爆するシーンは衝撃的で,なんてアホなことを? と思いますが,これってかつての日本軍の神風特攻隊が普通にやっていたことであり笑えません。

 要するに,歴史を振り返って後から「あれは間違っていた」というのは簡単ですが,その時点では気づかない,あるいは気づいていても流れに逆らえなくなっていることがあるという怖さを認識すべきです。現在でも,どう見てもアホだと思える国が現に存在しているのが何よりの証拠です。かく言う自分自身も,もしあの時代のドイツに生きていたら,たぶんヒトラーに投票してしまったことでしょう。

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2015年7月17日 (金)

白紙撤回

 新国立競技場の建設計画を白紙撤回するというニュース。総理大臣自らが発表するほどのことかどうかはともかく,安保法案等が原因で低下した内閣支持率の挽回を狙ったかとの報道もされています。そんな理由でここまで進んだ建設計画を中止するとは思えませんが,どうなんでしょうか。支持率回復を狙うなら,安保法案こそ白紙撤回した方がいいような・・・

 それはともかく,途中まで進んだ工事を中止するというのは,関連業者との契約上の問題などの影響が膨大であり,白紙撤回というのは本当に可能なんでしょうか。まあ僕が心配することではありませんけどね。

 それにしても,五輪招致のプレゼンで安倍総理が「福島原発の汚染水は完全にブロックされている」と公言した後で再三汚染水漏れが発生したり,競技開催場所を変更したり(渋滞の激しい鎌倉市内を経由して江ノ島で競技開催なんて信じられない!),メインスタジアムの計画を変更したりなど,さんざん大風呂敷を広げた末にこの体たらく。こんなデタラメな五輪招致が許されるんでしょうか。この際,東京での五輪開催も「白紙撤回」した方がいいのでは?

 国立競技場の話に戻すと,白紙撤回の理由は,コンペでのデザイン決定後に建設費が大幅にアップすることが判明したからと伝えられています。コンペの時は「建設費はともかくデザインで選んだ」と報じられていましたが,お絵かき大会じゃあるまいし,費用を選定基準に考慮しないなんてあり得ない。そんなのコンペって言えないと思いますよ。

 ところで,新国立競技場は元々開閉式ドームの予定だったとか。この際なので,建設費や維持費がかかる割に開閉する必要性の低い開閉式はやめて,オープン(屋根なし)にするか,または完全ドームにした方がいいと思います。

 昔福岡ドームに行った時,屋根をオープンにしても開口部が小さく圧迫感は通常のドームとほとんど変わらないと感じました。冷暖房完備のドーム内というのは一年中快適で,わざわざ巨額の費用をかけて屋根を開閉可能にするメリットが理解できません。ちなみに,豊田スタジアムは,開閉式を維持する費用が捻出できなくて常時開放に変更したらしいです(せっかくの屋根なのに,なんで常時閉じるようにしなかったのかは理解できませんが)。

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2015年7月14日 (火)

安保法案

 本日は,前回ちょっと触れかけた安保法案について。重苦しい問題なので気が進まないんですが,やはり少し触れておきたいので。

 この法案については,大多数の憲法学者が違憲と判断したものの,与党は「それはそれとして,必要だから」みたいな説明をしています。国会は唯一の立法機関であり国会議員は法律作成のプロなんだから,学者の意見よりも政治家の判断の方が正しいと信じているようです。けれど,米軍の駐留を合憲としたものの安保条約自体の憲法判断は行なわず,まして集団的自衛権に対して一切言及していない砂川事件の最高裁判決を根拠に,今回の安保法案を合憲と判断する与党の論理は,完全に破綻しているように思えます。

 さらに,内閣法制局長官OBや一部の最高裁判事OBも反対意見を述べており,おまけに自民党政治家のOBまでもが反対しており,現時点で賛成しているのは現職の与党国会議員と現職の内閣法制局長官と読売新聞だけ みたいな笑える状況になっています。いやホント,朝日だけでなく読売こそ僕は潰れてほしいと思っていますよ(あくまで個人の感想です)。

 この法案は今週にも委員会採決されるとのことで,最終的には成立するものと思われますが,この法律が施行されたとたんに多くの訴訟が起こされる可能性があります。憲法の規定により裁判所には違憲立法審査が認められているものの,現在の裁判所は法律が制定されただけでは合憲か違憲かの判断はしません(これはこれでおかしいと思いますが)。ただし,具体的な個別訴訟が起こされた場合には,裁判所は憲法判断をする可能性があります。

 安保法案成立後の具体的な民事訴訟としては,「違憲である海外派兵の費用は税支出としては無効」とか,「自衛隊員の家族の精神的苦痛」とか,「そもそも現在の選挙制度は違憲であり違憲状態で選ばれた国会議員による立法は無効」とか,色々考えられます。こういった訴訟が起こされるリスクを政府はどこまで認識しているんでしょうか。

 また,一内閣の解釈変更だけで集団的自衛権が認められるなら,内閣が替わっただけで解釈変更して簡単に戻すことも可能なわけで,簡単に戻されるリスクがある法案に,与党がなんでこんなパワーをかけるのかも理解できません。言い換えれば,今回の法案に反対している人は,次の選挙で反対している政党が多数を占めるように投票行動を起こせばいいだけなんです。

 そもそも,この集団的自衛権を認める考えは,約1年前に閣議決定されたものです。その後昨年12月の総選挙で与党が圧倒的多数の議席を獲得して支持されたのだから,集団的自衛権は民意に従っているという解釈が成り立ちます。もちろん,この件は昨年の総選挙での与党のマニフェストにきちんと書かれているべきであり,当然書かれているはずですが,残念ながら,僕は自民党や公明党のマニフェストは読んでいないし(読む気もしないし)確認していません。誰か教えていただけると助かります。

 要するに,マニフェストに記載されていたなら,与党は「憲法違反かも知れないが民意に従っている」と堂々と胸を張って言うべきだし,万一書かれていないなら,そんな法案を提出すること自体が言語道断であり,野党はまずそこを突くべきです。なのに,本件に関する今の報道を見ていると,与党の主張も野党の主張もメディアの報道も,ほとんどその点には触れておらず,ピントが外れまくっているような気がします。

 ちなみに,国を守る(自衛する)ことに関して僕が期待しているのは,大地震などの災害対策の他に,国内でのテロに対する対策や,外国からの領海・領空侵犯に対応することや,他国から日本にミサイルが撃たれた時に即座に撃墜することなどです。ところが残念なことに,もし北朝鮮から日本に向けて予告なしに突然ミサイルが発射されたような場合,国内に着弾する前に撃墜できるかは甚だ怪しいようです。これは現在の自衛隊の装備ではもちろん,駐日米軍基地があっても,今回の安保法案が成立した後でも変わりません。なんだか国防へのパワーのかけ方が根本的に間違っているような気がします。

 テロに対しても同様で,以前安倍総理が「イスラム国対策に対して経済的支援を行う」と明言した時点で,すでに日本国内でも「イスラム国」によるテロが起こるリスクは格段に高まっていると思います。それは安倍総理が悪いというわけではなく,安倍内閣を選んだ時点で国民全体が負うべき自己責任であると認識していますが,今もし新幹線や地下鉄の駅構内や車内でサリンがまかれるテロが発生したとしても防ぎようがないのが現実です。しかも,この状況は,たとえ安保法案が成立したとしても変わりません。

 それはともかく,多くの反対の声を押し切って,また訴訟のリスクや内閣交代後の変更リスクのある安保法案を,政府はなんでこんなに苦労してまで成立させたいのでしょう。結局はアメリカのためなんですよね。政府は口を開けば国際協調とか国際貢献とかいいますが,結局はアメリカとの協調でありアメリカへの貢献なんです。ところが,米軍のために広大な基地を提供し,米軍のために莫大な国費をかけても,北朝鮮から発車されたミサイルを打ち落とすことすらできない可能性があります。しかも,悲しいことに,日本の米軍への貢献が米国民に感謝されているわけではなく,逆に「アメリカはタダで日本を守っている。日本はずるい」程度にしか思っていない米国民は多いと聞きます。

 戦後の米国による占領時以降,これまでの保守政治家は,なんでみんな米国依存なんでしょう。日米安保に頼らず国内の米軍基地をすべて撤去し,防衛力を見直して自らで自国を守ろうという保守政治家がなんでいないのか,ほんと不思議です。

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